奈良康明先生

第29期開講記念講演「自己をたずねて~無我とは何か」

2016年7月10日

はじめに


 東京国際仏教塾での講演は、今年で十一回目になりますが、「生きる道としての仏教」というテーマで、ずっと話をさせていただいております。

 仏教というのは、人生に於いて本当の自分というものを確立しながら、どう生きていったらいいのか、どう自分なりに納得した生き方ができるのか、ということの教えです。そういう生き方を支える世界観があり、人間観があり、哲学があります。それらを支える教理もまとまってきます。これは当然人間の知的な活動として出てきます。

 教理というのは論理です。理論であり、客観的で学問的でなければならないということがありまして、それを明らかにするのが仏教学です。ですから、現在では、仏教学とは文献学的なそして極めて客観性を重んじる教理が中心になっています。

 ですから仏教の生き方に関心のない人でも仏教学者はたくさんいます。現に欧米やインドにも偉大な仏教学者は沢山いますが、クリスチャンであるとか、ユダヤ教徒、ヒンドゥー教徒であるとかで、必ずしも仏教徒ではありません。その他の宗教信徒の方もいます。私たちが仏教を学ぶのは教理からはいるのですが、それだけに大切なものです。しかし、教理学だけですとこれは理論なんです。極めて客観性の強い論理だけで、いかに生きるのかという実践面は二の次になってしまっているのですね。よく外国の人から、仏教の思想は素晴らしい、仏教は哲学ですねと言われる。そうじゃないと思います。仏教は「生きる道」なんです。仏教は哲学ではありません。仏教の中に哲学があるので、その逆ではないのです。

 そのことをまず申しあげて、きょうは「自己をたずねて~無我とは何か」というテーマで、考えていることを申し上げたいと思います。まず教理学的なことについて申し上げることになるので、それについて一言、申しあげたものです。

一、無我と非我をめぐって


(一)無我とはなにか

 無我という言葉は皆さんご存じでしょうが、それがどういう意味かは十分にはご存じないのではないでしょうか。無我には、実は、「無我」と「非我」という二つの理解があるのですね。それが「我」、つまり自己の在りように大きくかかわっています。なかなか区別がつきにくく、それが仏教をわかりにくくしていた面がありました。しかし、それがここ数十年の間にはっきりしてきました。

 まず無我とは何か、ということから入っていきましょう。

 インドでは釈尊が世に出られた以前から、思想界、宗教界において大きな問題となっていたのが、アートマン(「我」・Atman)の問題です。アートマンという言葉はサンスクリット語(梵語)ですが、いろいろな意味があります。 一般に理解されているのは、人間存在の本質、それをアートマンというと、ヒンズーの思想家たちが説いたものです。アートマンとは人間の生命の根源で、すぐれて哲学的な概念です。

 それに対して宇宙の本質はブラフマン(「梵」)です。宇宙の本質も人間の本質も同じだというので、「梵我一如」であり、それをかなり神秘主義的な行法で知るのが古代インドの宗教の大きな実践であり、テーマだったわけです。

 アートマンとは人間存在の本質で、常に変わることなく永遠に存続するものです。かみ砕いて云えば、霊魂的なものです。インドの民俗信仰に業輪廻思想があり、仏教もこれを受容しています。人間は死んでもアートマン、霊魂はなくならないで、生きてる時に為した善悪業を担って輪廻していきます。不変の実体ですし、だから「人間の本質はなんですか?アートマンです」と実に分かりやすい。ただし思想としてこのアートマンを説明しようとすると、表現が難しい。言葉を超えたものということになっていて、肉体ですかと尋ねると「ノー」と答える。心ですか、心臓ですか、認識ですかなどと訊いても同じで、アートマンとはこれこれだ、と言葉で表現できない。だからこそ、どんなに訊かれても、「(そうでは)ない、と(言わなければならない)」。この「ない」というのがインド語で na であり、「」にあたるものが iti です。つまり、na iti, na iti と常に否定をもってしか表現されないものと説明されました。na と itiが合わさって neti と発音されるので、ここから、アートマン論は「ネーティ(Neti)論」だなどとも言われます。

 しかし、釈尊はこうした哲学的議論に参加していません。アートマンが有るか無いか、とは哲学的な議論ですが、釈尊はそうした議論よりも、人生をいかに安らぎの心を持って生きていけるか、という実践に関心がありました。そしてこれは真の自己とは何か、という自己探求と裏表の関係にあります。

 「仏教は無我説」だなどとよく言われます。サンスクリット語では an-Atman、パーリ語でan-attan といいます。an- とは否定の意味を持つ接頭辞ですから、「無我」つまり「我が無い」と訳され、そう理解されてきました。ですから、人間にはアートマンは無い、霊魂のような不変の実体はないというように理解されていたのです。しかし仏典を読んでいくと、意味がよく通じない。そして四十~五十年前ぐらいになりますか、渡邊照宏先生とか中村元先生、水野弘元先生方のおかげで、アナッタンというのは永遠不変の実体の霊魂的なアートマンがないと言っているのは違うのではないかと、いうことがわかってきました。そして、現在では、その意味がはっきりしてきました。


(二)無我と非我

 結論を申しますと、漢訳仏典ではインド語仏典の an-attan を無我と訳しているし、常識的に「我がない」と理解されてきた。我がないというと、実体的なアートマンがない、という意味になります。そうではないのではないか。これは違うのではないか。「我がない」のではなくて「我ではない」と理解するのが今日の結論です。

 「我がない」は無我でいいけれど、「我ではない」ということは「我にあらず」ということですから、これを「非我」といっています。この非我という言葉をはっきりとさせたのは中村元先生です。先生は、原始仏典の中にアナッタンとあるのは、全部、無我ではなくて非我であると断じておられます。しかし、すこし行き過ぎの面もあるので、アートマンが無いという意味で使われている場合も後代になると出てきます。

 非我というのは、どんなものも「我ではない」ということですが、この場合のアートマン、アッタンは上に述べた哲学用語としての 実体的なアートマンではなくて、自分とか私とかいう意味の普通の用法だと受け止めて下さい。

 つまり「我(という本質的存在)が無い」のではなく、どんなものも「これが私である、私のものであると言えるものではない」という意味です。分かりやすい例をあげるならば、無常という言葉があります。常なしということは、どんなものも常に移り変わって変化していくことです。しかし、私たちは自分の好むもの、都合のいいものは何時までも自分のものであれ、と願います。若さ、健康、命もそうですし、名誉、財産、愛する人や恵まれた人生など皆そうです。しかし、万物無常ですから、みな変わっていくし、思い通りなどにはならない。そうした現実を「どんなものも自分の思い通りにはならない」という意味で「非我」~我に非ず、と受け止めよというのです。


(三)縁起の世界観

 無常は仏教の基本的世界観ですが、それを支えている縁起について申しあげる必要があります。

 縁起とは関係性のことです。縁りて起こるということで、宇宙の現象も、社会現象も、私が生まれるということも、私が生きていることも、ある一つのことは必ず他のものとの関係、関わりの中で生じます。ですから、他者と切り離された独立自尊のものなどありません。

 縁起を知るには、同じ内容を述べる因縁という言葉を理解する方がわかりいいかもしれません。因縁というと今の日本語では何かベタッとした感覚があります。因縁を付けるなどという言葉もありますし、こういう使い方もあります。

 私は東京の下町に住んでいるのですが、二年ほど前に、近所の幼稚園にいっている坊やが交通事故に遭いました。近所の奥さん方が、あの子のおじいちゃんは交通事故で亡くなった、お父さんも交通事故で何ヶ月も入院していた、お孫さんもまた事故でしょ。「因縁ねえ」などと会話していました。これは絶対に仏教の思想ではありません。おじいちゃんとお父さんと息子さんの怪我の間になんの脈絡もないではありませんか。それぞれの事故にはそれなりの原因や条件はありましょうが、三人が交通事故に遭ったということになんの関連もありません。きわめて恣意的な勝手な想像です。

 因縁とはそうではなく、全く無色透明の物事の在りようを示す言葉です。因縁の因とは原因のことです。縁とはその原因が結果をだすのに必要な条件、ということです。

 例えば、ここに一本の稲があり、ふさふさとお米がなっていると考えて下さい。この稲の原因は何かといったら、一粒のお米、種といっていいでしょう。しかし、種だけでは稲になりません。農家の方がそろそろ時期だから、苗を作らなきゃいかん、苗代はどうなのか、というように動き出したのも原因かもしれません。原因は複数なんです。 

 さらに、その稲が田んぼで育つわけですが、そこには稲を支える地面がある、水がある、太陽の光もなければならない。いろいろな条件があって、稲は育ちます。縁も複数です。

 仏教で因縁ということは、物事はすべて、なんらかの因、原因とそれが結果をもたらすのを助ける条件、すべてのものが共にはたらいて、物事が生起するということです。それが縁起生ということです。ですからいろいろな原因、条件が何時も複雑に関わっていますし、それに応じて物事は絶えず変わっていきますから、これを称して「無常」といいます。そしていつも変わっていくから、不変の実体などはありません。実体としての我がないのです。ですから、アートマン、霊魂みたいに人間が死んでも変わらないで残るみたいなものは、仏教では認めません。これを「無我」と言います。


(四)非我とはなにか

 物事も私たち人間もすべてが無常であり、因縁生、縁起生であり、常に変化の過程にあります。

 なにものかをこれぞ「私のもの」だと言えるためには、二つの条件があります。第一は、永遠に存続することです。第二は、自分の自由になることです。ですから、若さは俺のものだとは言えないでしょう。健康も生命も同様です。釈尊が老・病・死に悩んだということは、その反対の若さ、健康、生命が思い通りにならないことの悩みでした。つまり、一般論として整理していうなら、「思い通りにしたい」という自我、欲望と、「思い通りにならない」現実との間に悩んだのです。若さ、健康、生命は「オレのものだ」と握りしめるわけにいかないのです。それが「非我」だからです。釈尊は教えています。

  (私たちの身体、つまり)しきは私のものではない、私ではない。
  これは私のアッタン(attan)ではないと、如実に正しい知恵で観察すべし。
  (Vinaya,大品Ⅰ、六,四二;『相応部経典』vol.Ⅲほか)

 私の身体は「アッタン:自己ではない」、つまり非我だというのです。肉体と同様に精神、心(受・想・行・識)も非我です。非我とは自我を振り回す執着を捨てよ、という実践的な教えでした。そして釈尊はすぐれて実践的な教えを説いた指導者でした。次のような教えもあります。

  何ものも私のものではない(anatta)と知るのが知恵であり、
  苦しみから離れ、清らかになる道である」(『ダンマパダ』二七九)。

 ここで苦しみという言葉が出てきました。「苦」とは「一切皆苦」などというように、仏教の重要な術語です。その意味ははっきりと定義されていて、「思い通りにならないこと」です。言葉をかえていうなら、欲求不満のことです。私たちの自我、欲望には二つの特徴があります。「ナイモノヲネダル」ことと、「カギリナクネダル」ことです。欲望自体は悪いものではありません。欲望があるからこそ、人間は文明、文化を発展させました。私たちが今日、便利な生活ができるのも、人間が「ナイモノネダリ」「カギリナイネダ」ってきたおかげといっていいでしょう。

 しかし、こうした欲望は、視点を変えると、私たちの生活を欲求不満にする元凶でもあります。欲望の暗い反面です。私たちはすべてが縁起生であり無常であることを知っていながら、「ナイモノネダリ」、「カギリナイネダリ」をしています。「非我」なる物を我であると思い誤って、求めては欲求不満に陥っています。自分で欲求不満を、つまり苦を引き込んでいると言ってもいい。こうした人間のさがとでもいうべき在りようを釈尊は「一切皆苦」と言いました。「人生は苦なり」というのも同じことです。

 だからこそ、釈尊は教えました。

  人がこれは私のものであると考えるものは、その人が死ぬと失われる。
  私に従う人は、賢明にこの道理を知ってわがものという観念に向かってはならない。
  (『スッタニパータ』八〇五~八〇六)
 
その人が死ぬと失われる、といいますが、生きている間にも「私のものだと考えているもの」がなくなっていくではありませんか。釈尊は、そして仏教は、自分なりに納得出来る人生を送りたければ自我欲望をしかるべき抑制し、調えることが必要である、それをできるひとが「賢明な」道理に生きる人だというのです。

 こうして釈尊の説いた an-attan は「非我」の意味がつよく、我執を無くせという実践的な教えでした。この姿勢はその後とも仏教信仰の基本として伝承されています。しかし後の部派が成立した時代となると、an-attan は「我が無い」という意味で主張されるようになりました。その理由はヒンドゥー教側からの論難があり、仏教学者も学問的な姿勢をあきらかにする必要に迫られました。そして非我を説く以上、我があるとはいえません。したがって「我が無い」と説きました。ですから仏教の無我説は「我が無い」という意味で理解していいものですし、後代になるほどその意味が深められてくることになります。

二、自分を見る


(一)自分とは何か~自我的自己

 非我は実践的な倫理として重要なことはわかりました。それでは無常であり、無我であり、実体のないこの「私」とは何でしょうか。

181-5.jpg熱心に聴講する塾生
 あなたは何ですかと質問したら、みなさんは〇〇ですと名前でお答えになるでしょう。でも名前があなたの本質ですか。名前はいくらでも変わるではないですか。変わることが可能なものは私の本質であるはずがないでしょう。私は何某会社の社員です、と職業で答えるかもしれない。でも職業は私の、そして皆さんの「自己」そのものではないでしょう。

 あなたは何か、と聞かれたとき、ということは自分に即して言うなら、「私とは何か」という問のことですが、それには、名前とか職業、その他に無数の答え方があります。日本人だということも、私は東京生まれですというのも自分についての一つの答えです。

 そういう外的なことではなくて、私は朗らかな人間ですというのも、あまり社交が上手でない人間です、という自分の捉え方もあるでしょう。私は今、絶望しています、自殺を考えています、というのも自分のことです。しかし、絶望している若者が一月後には悩みが解けて、人生はなんて明るいのだろう、ということもあります。絶望している自分、というのは自分の本質ではありませんでしょう。

 皆さんが、私とは何だという問の答えをいろいろ考えて、そして言葉で言う。それはどれも正解です。たしかに私の名前は何某だし、職業はその通りだし、日本人であることは疑いない。しかしそのどれも私という人間、つまり私の本当の「自己」をずばりというものではない。いうならば、私が着ている着物みたいなものです。たしかに私の一面を語ってはいますが、いくらでも取り替えがききます。本当の自己とは着物ではない、着物を脱いで裸になり、取り替えのきかない自分こそが本当の自己でしょう。

 これは非常に微妙な問題です。今、「私」ということで話しましたが、分かりやすくりんごの話をします。先ほどは「自分とは何か」と聞きましたが、今度は「りんごとは何か」、「りんごの本質は何か」という問いかけです。

 この質問に対しても、りんごは果物です、赤い、丸い、栄養価があるなどいろいろな答えが出てきます。いろいろな答えが出てくるということは、頭で考えているからです。頭で考えて、知的理解が出てきて、それが言葉になるという時には、必ず見る自分と見られるりんごが離れています。見る主体と見られる客体、つまり主・客が分離しています。りんごと私が、ちょっとでも離れていると、リンゴの周りに一八〇度、三六〇度など無数の視点があるじゃありませんか。りんごは赤いというのは色という視点から見て正しい答えです。丸いというのは形と視点から見たものです。栄養という視点もあるし、果物というのも植物分類からの答えです。

 こうした答えはそれぞれに正しいが、これらはリンゴの着ているレッテルです。りんごの一部を示してはいますが、りんごそのものではない。そのものにはならない。

 問題は言葉なんです。言葉というものは、必ず見る自分と見られる自分が離れて、これはこうだ、と自分の視点でいうから、その視点からいえば正しいけど、他にいくらでも見方がある。すなわち「部分的真実」だと思ってください。部分的真実はたしかに真実ですが、それをいくら寄せ集めてみても、それはりんごというものを客観的に描写しているだけに過ぎません。レッテルを貼っているようなもので、本物ではない。

 視点が違えば答えが違ってくるのは当然で、これを「十人十色」というんです。また言葉で説明したものは生き生きとした実物ではない、本物ではない。レッテルですから、これを「絵に描いた餅」というのです。

 私とは何か?頭で考えていろいろと言いますが、それは部分的真実です。同時に自己そのものではなくて、絵に描いた餅、レッテルでしかありません。でも、これがあるから救われるんです。いろいろな視野から見られるからこそ、おれは絶望しているという若者が、その迷いが解けたら、朗らかな人生に変わることができるのです。自分というものをいろいろと異なる視点から見れるようになったからです。

 私たちが普通にオレ、私、自分などと言っているものは、こうして何時も主客分離のところで、自我に基づいてはからい、考え、判断し、言葉にして、レッテルを貼っているのがこの私です。「自我的自己」といっていいでしょう。「オレ」とか「私」とか言っているのは、自分がそう思っている「自我的レッテル」でしかない。

 私たちが普通に「私」といっているのは、言葉が作ったレッテルです。着物のように取り替えがきくのです。「絶望」している私は明るい私になれます。

 自我的自己とは、繰り返しますが、私の「部分的真実」であり、「レッテル」であり、私そのもの、つまり真の自己ではないのです。


(二)真の自己とは?

 では真の私、真の自己はどう捉えたらいいのでしょうか。

 再びりんごにもどりますが、りんごを向こうにおいて、対象的に見ているかぎり、りんごには無数のレッテルが貼られ得るし、真のりんごは出てこないということでした。

 そこで、私とりんごの距離をどんどん近づけてみてください。どんどん、どんどん、近づいていって、最後に私とりんごが一つになってしまった。

 そこでりんごとは何ですか、と訊いてみて下さい。「りんごは私です」とは答えられません。そう答えたらすでに言葉で新しいレッテルを作り出しているのですから。私の中で、「考えている私」と「考えられている私」とが分離してしまって、りんごと一つになっていません。

 私という「自己」についても同じことが言えます。本当の自己とは見る自分と見られる自分とが分離していないところに、正解があります。つまり本当の自分は言葉では語り得ないのです。言葉とはそのように、いつもレッテルを作ってしまうものなのです。

 仏教の教えはこの質問への答えを種々に語っているのですが、端的な形で、中村先生はこう強く主張しています。

  自己とは何であるか。世人はこれを見失っている。
  ......自己とは......客体的対象的に把握することはできない。
  これだ、といって具体的に示して見せてくれることは出来ない。
  それはどこまでも主体的なものであり、見れども見えざるものである。
  それはただ人間としてのあるべきすがたとしての法の実践においてのみ具現する。
  ......自己にたよるということは、また法にたよることにほかならない......。
  (『宗教における思索と実践』)。(傍線筆者)

  真の自己は概念やレッテルではなく具体的な身心の実践において具現するという。では行為なら何でもいいのかというとそうではないのですね。「人間としてのあるべき姿としての実践」だという。それは釈尊が見いだした真実、法の実践ということに他なりません。

 釈尊の説いた教えに「自灯明・法灯明」があります。有名な教えであると同時の仏教信仰の最基本を述べたものですが、これがまさに真の自己を現しつつ生きる教えに他なりません。

  この世で自らを灯明とし、自らを拠り所として、
  他を拠り所とせず、法を灯明とし、法を拠り所として、
  他を拠り所とせずにあれ。
  (『長部経典』一六経、「マハーパリニッバーナ経」二・二六)

 今日の研究では、灯明ではなく、島、洲と訳すのが正しいのですが、云わんとする意味は同じですので、ここでは伝統的な灯明として話を進めます。

 「拠り所」とすべき「自己」の意味は明らかで、自我欲望をふりまわしている「自我的自己」は自分のレッテルを貼るだけだから、「法」に拠って真の自己を求めよ、ということです。「法」は仏教の拠って立つ真実です。具体的に内容をいうなら、縁起、無常、無我、空などいう言葉で示される、事実としてのハタラキです。それは人間が生まれる以前から宇宙を生成し、変化させ、存在させ続けてきた事実としてのハタラキです。

 私たちは否応なしに、そうした真実の中に存在させられています。したがって、自己と法とは切り離せません。自己は否応なしに法のハタラキの中にありますから、法に従って生きることは真実の自己を実現することですし、それは同時的に真実、法を証することでもあるものでしょう。

 仏教伝承においては、縁起等は理法・道理・真理などとも表現されています。間違った用法ではありませんが、理という言葉が入ると、なにか人間が分別をもって作り上げた理論のように受け取られる恐れもあります。言葉になった道理を指すようにも取れます。しかし、仏法とはあくまでも釈尊やお祖師さま方が体験を通じて自覚し、真実として認識した宇宙の真実です。真実としては無限の過去からハタラキ続けていますが、人間不在のところに宗教的「真実」はありません。その意味で私は理法などを避けて、真実という言葉にこだわっています。

 すなわち、縁起、無常、無我などという術語で示されている宇宙のおのづからのハタラキに身を投じて生きることが真の自己に拠り、同時に法を具体的にハタラカせる生き方だというのです。

 こうみてくると、禅問答の意味が少し分かってきます。禅者は「仏とは何か」という問に対してまともな答えを返していません。仏とは何か、という問は自己とは何か、仏法とは何か、と問うことと同じです。それに対して、ある禅者は黙って手で空中に円相を描いてみせました。両手で拍手をして答えにした人もいます。有名な例として、中国北宋の洞山守初とうざんしゅしょ禅師は、「麻三斤まさんぎん」と答えています。ここでは言葉を使っていますが、普通の答えにはなっていません。ちょうど農作業をしていて、麻の実を手にとっていたところに、「仏とは何か」と問われたものでしょう。禅師はたまたま手にしていた麻の実を示して、「これさ!」と答えたものです。やはり言葉で答えたのではなく、動作で示しています。もし、この質問が鍬で地面を耕していたときだったら、鍬を示したかもしれません。

 物事が「今、ここに、存在している」ということは縁起、無常、無我、空などの「法のハタラキ」のなかにあるので、その意味では万物すべてが真実のものとして輝いている、と言っていいものでしょう。悟りを開いた人にはそれが実感されているから、何の不思議もなく、麻を示しただけです。禅の言葉に「尽十方界じんじっぽうかい 真実人体しんじつにんたい」という句があります。世界万物が真実を身体としてもっている、つまり、真実そのものとしてハタラキ続けているということです。これが禅者の悟りによって自覚された内容です。それをあえて言葉にしたのですが、それだけに悟りの言葉であって、日常の対象論理の言葉ではありません。それをごく自然で端的な形で表現したのが円相であり、拍手であり、麻三斤ということです。


(三)「自己をわすれる」

 道元禅師の言葉に、

  仏道をならうとは自己をならうなり。
  自己をならうとは自己をわするるなり。
  (『正法眼蔵』「現成公案」)

という有名な言葉があります。自己を忘れたら自分がなくなってしまうのではないか、と心配されるかもしれません。しかしこれは自己存在の否定ではありません。自我的自己の否定です。もっとも、私たちが普通に「私」と言っているのは自我的自己がつくっているのですから、「自我的自己の否定」とは普通の意味で「自己否定」と言ってもいいかもしれません。

 しかし、これはそういうことではなくて、私どもは常に自我的自己でべたべたとレッテルを貼りながら生きている。それで生きているのだから無論認めるけれども、それが苦しみとか悩みになったときに、自我的自己のレッテルを外してごらん、そうすると無常なら無常、縁起なら縁起という真理に生かされている本当の自分が出てくるのだから。こういう意味なんです。

 その意味から言いますと、「自我の自由」から、「自我からの自由へ」と言ってもいいでしょう。自由という言葉には、「何々の自由」と「何々からの自由」と必ず二つの面がある。「自我の自由」ということは、好き勝手なことを自由にすることですが、これは他者の自由とぶつかります。人間として生きていく以上、自由勝手では困る。悩み、苦しみというものが出てくる。本当の自分というものを見出していくためには、とにかく「自我からの自由」というものを考えなければいけないのではないか。

 しかし、自我を捨てる、というより、抑制しなければ真の自己には出会えないし、苦も克服できない。やはり「自己は(=自我的自己)わすれる」必要があるのです。そして道元禅師においては、それは端的に坐禅でした。一切の「心意識の運転をやめて」坐りつづける。それが真の自己をはたらかせ、顕し、「証」することだというのです。

 親鸞聖人の「自然法爾」のお念仏も同じことだと私は理解しています。他のご宗派のことは私は無知なものですから何も言えませんが、おそらく同じ自己と法との関係があると思います。またそうでなければ仏法にはなりません。


(四)相手になりきる

 自己と対象が一つになる。そうした宗教的世界を道元禅師はこう歌にしています。

  聞くままに また心なき 身にしあれば おのれなりけり 軒の玉水
  (『傘松道詠』)

 禅師は部屋の中にいて、小雨が降っているんでしょうね。軒から垂れる雨滴をじっと見ている。雨だれの音が聞こえて、身も心も没入して、その音をじっと聞いています。これを言葉で、「おお、雨が降っているな。音がするなあ。水が落ちるんだから、音がするのは当たり前」などと言ったら、これは単なる風景描写をしているに過ぎません。

 そうではなく、対象的に見ているのではなくて、ふっとその雨だれと一つになって、つまり自我というものをそのときには棚上げして、雨だれと一つになっている。そうすると、自分が雨だれになって落ちているのか、雨だれが自分なのか、そうしたごくごく自然のあり様の中に自分が没入している。そうした状況を味わっている。それが現実に戻って「おのれなりけり 軒の玉水」という言葉として出てくる。歌ですから言葉には違いないのですが、これは悟りの立場からの自他一如の境涯を表現した言葉です。「悟りの言葉」だといってもいいでしょう。仏教の祖師方の言葉はみなこうした悟りの立場、「自我からの自由」を得て、法に生かされている境涯を示しているものです。

 まったく同じ世界が、松尾芭蕉の俳句にも見ることが出来ます。「よく見れば なずな花咲く 垣根かな」という句があります。なずなというのはペンペン草です。白い小さな、どうってこともない草です。もしもこの俳句を風景描写したのだとしたら、なんの意味もない俳句でしょうね。

 そうではなくて、この俳句の命は、松尾芭蕉がそのなずなを見ているうちに、自分の自我というものがなずなの中へ溶け込んで、自分がなずなになっちゃったということです。だから垣根の上に咲いているなずなは自分なのか、自分がなずななのか。そういう自分を支えている自然と一つになった世界。そういう世界が俳句の世界にもありますし、それが詩人の感性を通して俳句という言葉に結晶してくる。

 そういう解釈を可能にさせる資料もあるので、芭蕉の弟子に服部土芳という人がいます。彼は『三冊子さんぞうし』という俳句論に、お師匠さんの言葉を「松のことは松にならへ、竹のことは竹にならへと師の言葉ありしも、そは私意をはなるるなり」と引用しています。私意というのは人間の計らい、自我、分別のことです。つまり私どもは、松とか竹を見るときには必ず自我、分別で見ています。この松は枝ぶりがいい、手入れが大変なんだよなあ、などです。要するに松とは何かと言ったら、百も千も答えがありますね。それはレッテルでしかないんです。本当の松の本質は何かと言ったら、そういう分別を離れて、松になりきるよりしょうがないじゃないか、というのです。竹についても同じです。竹はまっすぐだとか、柔軟に雪に対応するから折れないんだよ、とかではなく、竹の立場になってみる。それが物事の本質を見る姿勢だというのです。

181-8.jpg無我とは何か?
 無我というと不変の実体がないことです。すべては縁起生ですから、人間を含む万物は無常であり、無我です。そしてこれは認識論であり、哲学的な議論です。

 釈尊はそうした認識よりも実践に重きをおいて非我を説きました。縁起生であり無我であるからこそ、我執をなくせと教えました。

 そして大乗仏教では万物無我であるからこそ、理論的にも実践的にも「自我からの自由」を説きました。自我的自己をも包み込む無我なる仏法の世界を強調していると言えましょう。

 ご清聴ありがとうございました。


〈質問〉 言葉というのは、あるコミュニティにおける共通概念だと思う。私が考えていることがアメリカ人と共通認識じゃないというのは分かります。例えば、以心伝心とか、心が通じ合うというのはあると思いますが、それはどのように考えればいいのか。

〈回答〉 以心伝心という言葉は、ごく普通に心を以て心に伝うということです。現に私どもの人生の中でも、いろいろ話し合って、あ、そう、君もそう思う? 僕もそう思うんだ、っていったような、いろいろなケースで心が通い合って、単に理屈で同じ結論になったんじゃなくて、ものの受け止め方自体、生き方自体が、そうなんだよねっていう面がある。これも以心伝心ということだと思います。
 以心伝心は仏教の言葉です。仏教では、人生の問題ではなくて、自己というものは真実に否応なしに生かされている。それは理論ではなく、身体で肯くものです。そうしたことを師匠から教えられ、或いはヒントなどを得て、「そうか、わかりました!」「わかったか!」というように言葉を超えたところで肯き合うのが以心伝心です。


〈質問〉 以心伝心と言ったときに、言葉と主客が離れて、言葉というのは発露するというお話がありましたが、以心伝心でもやっぱり、主客が離れてるのか、それともその距離が近くなっていると言うのか。

〈回答〉 その通りです。以心伝心は言葉じゃありませんから、あくまでも二人の人間の心が通い合ったときには、二人の間の距離がなくなって、同じ世界でそうだよなって、言葉もなしにうなずき合う。ですから言葉の問題じゃないと思います。


〈質問〉 仏教ではまったく変わらない霊魂というものは認めない、というようなお話がありましたが、仏教では亡くなられた方ですとか、霊魂を弔うというような儀式は一般的にあると思いますけれども、まったく変わらない霊魂を認めないとなると、霊魂を弔うですとか、例えば輪廻転生というものを認めないというような考えにつながってしまうような気がしたのですが、どのように考えればよろしいのでしょうか。

〈回答〉 大きな問題です。仏教教理では霊魂を認めません。これは無我説の立場から言って当然の結論です。
 しかし重要なことをご記憶下さい。業輪廻説は古代インドの民俗信仰です。釈尊が生まれたのはヒンドゥー世界ですが、ここでは業輪廻説が定着していました。釈尊も弟子たちも、また信者たちもここで生まれ、育ったものです。ですから、業輪廻説は仏教がヒンドゥー教から採用した、などという表現がありますけれど、これは誤りです。仏教徒になった全員の間に業輪廻説は最初からあったのです。
 業輪廻説は釈尊の教えから必然的にでてきた思想ではありません。業輪廻説がなくても釈尊の教える信仰は成り立ちます。釈尊は現に生きているこの人生を、どうやって「安心」して生きていけるかを説きました。業輪廻説は死後の世界のことです。
 しかし、釈尊は業輪廻説を否定しませんでした。因果の説は認めたし、功徳を積んで善き死後を願う宗教・社会的風習を否定する必要もありませんでした。いや特に在俗信者には「作功徳↓生天」の意味を積極的に認めています。つまり業輪廻説を仏教は否定することなく受け入れたのです。それはちょうど今の日本で、熱心な仏教信者が、いや出家者でさえ、民俗伝承の祖先崇拝や通過儀礼などをうけがっているのと同じです。教理などとは関係なく、社会生活に於いてはなくてはならないものです。
 この歴史的事実は、結果的には仏教教理学者には大きな問題を残しました。業輪廻説は業をになって輪廻転生していく主体、霊魂が無くては成立しません。しかし仏教は無我説で霊魂を認めません。ですから、インド仏教の学者たちは実体でない霊魂を求めて苦労しています。ずいぶん奇妙な理論も仏典でしきりに論じられています。
 しかし、納得できる理論は樹立されていません。それというのも、無我説は悟の立場から説かれた認識論です。業輪廻説は民俗信仰です。両者は成立の由来も、性格も、機能も全く違います。それを理論的の統合しようとしても無理なのです。松に竹を接ぐようなものです。しかし仏教学者はヒンドゥーの学者たちの論難に答えるためにずいぶん無理していますが、いまだに成功していません。実は むずかしいことをいいますが、唯識学においては阿頼耶識という概念をたて、実体でない霊魂的主体が業を担って輪廻するという理論を一応樹立しています。しかし難しい理論をわかる人はほとんどいませんし、仏教徒一般の間では、輪廻主体と無霊魂説との矛盾は未解決のままで残っているのです。今のご質問もこの問題にかかわっています。
 わたくしはこの矛盾を理論的に解決しようとすること自体が間違っていると思います。苦労するのは教理学に任せて、仏教徒として社会に生きる視点からは、教理、理論と有用な民俗とは矛盾があって当たり前なので、両者の併存を素直に認めるべきなのです。あるいは浄土真宗のように、葬儀を報恩行と新しく意義づけてもいいでしょう。
 因みに、私の霊魂観をご披露しておきます。私は祖先崇拝や葬祭儀礼に関して、特に実体的な霊魂の実在を認めていません。そうではなく、「生者の追憶に生きている死者の人格」を霊として認めていいと考えています。


〈質問〉 心を整えるというお話がありましたが、常にそう意識するというのは非常に難しい。仏教はそれを実践する方法を教えてくれるのでしょうか。非我のところの話で、何か起こったときに自分の心を整えて、無常ということを常に意識しながら生きていく、それが仏教の教えである、と。それを実践するための仏教の教えとはどのようなものか。

〈回答〉 実例で申し上げます。五十歳代半ばのご婦人ですが、二十歳台に長男を乳幼児突然死症候群で亡くしました。乳幼児突然死症候群というのは、お誕生半年ぐらいまでの間に、元気だった赤ちゃんが朝になると亡くなっているという病気です。いまだに原因ははっきりしないんです。
 この方は子供の死を本当に自分が納得できるまでに二十五年かかりました、とおっしゃっていました。
 どうにも消せない悲しみ、心の痛みを仏教ではどう救ってくれるのですか、と訊かれました。私は子供の死は現実なのだから、つらくてもその事実を直視し、逃げ出さず、悲しさに耐え、前向きに生きて行くところに救いが開ける、と言いました。仏教では無常の現実に出逢った時の救いを普通はこう説きます。彼女はそれを肯いましたが、その上で、どうしたら悲しみに耐え、前向きに生きていけるのか、と突っ込んで訊いてこられました。私は悲しさを自分と一緒に背負ってくださいと仏さまに祈ることを説きました。
 彼女は「そんなことで自分が立ち直れるでしょうか」と仏への祈りを肯いませんでした。この方は結局、ボランティアの会に入り、同じような不幸な体験に悩む若いお母さん方を慰めたり、話を聞いたり、悩みを共にする活動を続けました。ボランティアとして奉仕をしながら、実は、そのこと自体が彼女の心を安らかにし、息子さんの死を受け入れられるようにさせてきているのですね。
 私は仏への祈り、というより「ほとけと共なる祈り」が無意味だとは思いません。しかし、なるほど奉仕ということが、自我を調えていく非常に大きな実践ではあることを学ばせてもらいました。
 中原中也という詩人が息子さんを亡くしたときの、その悲しみを、どうにもしょうがなくて詩にうたっています。そこでは、「息子が死んだのは事実だから、誰がなんと言っても事実なんだから、そして私は悲しいんだから、私は死ななきゃならない。でも、業が深くて死ぬことができないのならば、奉仕するより仕方がない」といった趣旨の詩を書いています。
 私は、仏教の非我であれ、無我であれ、その実践には、やはり、他者のために尽くすということが必要なものだと思います。(終)

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