奈良康明先生

第30期開講記念講演「同事~慈悲の理念と実践」

2017年10月10日

 この十年間「生きる道としての仏教」という視点からお話をさせていただいてきました。仏教とは、基本的には、私どもが生きる道であります。生きる道の中に、哲学、思想があるのでして、逆ではありません。皆さんが学ばれてきたことが、実際の私どもの生活の上にどう働いているのか、働かせていくのか。それを学ぶことが仏教を理解し、そして仏教徒として生きていく上で大切なことだろうと思います。

 今回、テーマとして、同事ということを選ばせていただきました。この同事というのは、要点は、自分が他者にどうじ、他者が自己にどうじていくことです。それは慈悲に端的に関わっています。慈悲というのは、仏教の大きな柱です。知恵と慈悲は仏教の二本の柱です。そして、具体的にどういう姿勢で慈悲が行われるのかというと、実は同事の実践であるとご理解いただきたいのです。

一、慈悲  

 まず、慈悲とは何でしょうか。仏教のインド以来の基本的な教理として、慈悲というものを端的に表現した言葉があります。「四無量心しむりょうしん」と言います。具体的にいいますと、慈・悲・喜・捨という限りない心、ということです。

 教理的には、慈とは与楽、楽を与えることであり、悲というのは苦を抜くこと、抜苦であるとされています。慈悲という言葉は昔から「与楽・抜苦」という形で、ペアでいわれているのですが、端的にいえば、人々の心に楽を与え、そして苦しみを抜く。それが慈悲の働きだとご理解ください。

 その次の喜というのは喜びです。つまり、慈悲を及ぼすとは、たしかに、困窮している人を何とか助けてあげたいと念じ、実行することです。しかし、理念としては「してやる」とか、「助けてあげた」とか、自分を高い処に置き、相手を見下ろすような姿勢で何かをすることではない。何か下心があって人のために何かをしてあげる、ということでもありません。心から他人のためを思って、良かれと思う言葉を与え行為をする。それが私どもの人生に喜びとなって戻ってくるものだ、というのが喜であります。私どもが生きて行くこと自体が人様のために尽くすことにつらなり、喜びを持てる人生でありたい、そう願おうというのが釈尊や祖師方の教えであるわけです。

 捨というのは、捨てるという字ですけれども、こだわりを捨てることです。これに対応するものとして怨親平等という言葉がございます。平等性ということです。あれこれ差別することを捨てるのが捨です。仏教は人間関係だけで慈悲をいうのではありません。生きとし生けるもの全ての動物に対して、そして、命のない自然物に対してさえも、私どもは慈悲の心を持って、良かれと念じて生きる。他人というと人間ですね。動物とか自然はむしろ、他者といった方が正確でしょう。慈悲は自分と他人、他者との関係で、自分と他者が平等であるというのが捨なんです。たしかに困っている人を見て、「かわいそうだなあ、助けてあげなければ」と思うのは慈悲です。その人は自分と同じ世界に生きている人である、「友人」であることを知ろう、ということなんです。インド語で慈悲は「マイトリー」(maitri)というのですが、これは「ミトラ」(mitra)友人という言葉からの派生語です。つまり慈悲とは真の「友人」としての関係だということです。だんだん申しあげていきますが、「自他一如」という関係の上に働くのが真の慈悲であるというのが仏教の立場なのです。

 私の経験を申し上げますが、私ははるか以前、もう六十年くらい前にインドのカルカッタ大学に留学していました。そのときに体験したカルチャーショックの一つなんですが、私の友人たちが皆学生で貧しいのに、ホームレスの人たちによくお金をあげるんですね。何故ときいたら、「このぐらいならば僕にも出せるし、困っている人にあげるのは、自分が功徳を積むことになるからね」という言葉が戻ってくる。つまり、困っている人に何かをあげるのは、「くれてやる」んじゃなくて、与えることによって、自分は「功徳を積ませてもらう」のだという考えが強いんです。

 仏教に、福田思想というのがございます。福田の福というのは福徳であり、功徳のことです。インド以来、教団あるいはお坊さんに信者さんがお布施をします。もちろん、お坊さんに対する敬意もあります。修行を助けるという願いもあるのですが、布施することで自分の功徳を積ませてもらうのです。その意味で、お坊さんや教団は、それに布施することによって功徳が得られる、つまり「福徳を生む田」だというので「福田」というのです。

 この考えは、現在でも、東南アジアの上座仏教諸国、スリランカやミャンマー、タイ、ラオスなどでは生きています。信者さんがお坊さん方にお布施をするのですが、お布施を頂いた時にお坊さんは「ありがとう」といわない。当たり前のような顔で、もらいっぱなし。頭を下げちゃいけないんです。なぜなら、功徳を積ませていただくために、お布施をする。そこへ「ありがとう」って言われたら、十の功徳が積めるところが六つぐらいに減ってしまうという考え方があるんです。

 つまり、布施とは与える者も、与えられる人も同じ立場に立っている。いわば両面通行で、両者が喜んでいる。これが「四無量心」の「喜」であり「捨」なんです。あくまでも、与える者と与えられる者が同じ立場に立つこと、これが重要なんです。

二、生きることが布施


 四無量心をもう少し具体的な行動として示した教えを「四摂法」といいます。釈尊の時代からある教えで、それは、布施・愛語・利行・同事の四つです。今日のテーマの同事は、それの四番目です。実はこの同事は前の三つの布施・愛語・利行をどういうふうに行ったらいいのかという基本的な姿勢でもあるのです。


 布施というのは功徳の交換だと今申し上げましたが、大乗仏教になりますと、法施財施の交換などという言い方が出てまいります。法施とは仏教者が法を説くこと。財施とは信者さんがお坊さんに衣や食物を寄付することです。これを交換というのですが、両者が同等ということです。これは仏教がかなり教理的にものを説くようになった時にいわれた言葉です。インド人の基本的な心のありようからすれば、あくまでも功徳を積ませてもらうというのが、根本にあります。

 与えるという行為は自分も受け取る行為です。宗教的には慈悲を交換する行為なのです。

 そういう考え方が、日本にも伝わっていて、例えば、「治生産業もとより布施にあらざることなし」と道元禅師が言われています。治生産業というのは、つまり私どもが生きていることですが、その全部が布施行なんだということです。どういうことでしょうか。

 例をあげて考えてみましょう。皆さんが大工さんに頼んで塀を建ててもらうとしましょう。皆さんは大工さんにお金をあげます。では、お金を与えただけで、何ももらわないかといったら、そんなことはありません。出来上がった塀をもらうわけでしょう。布施というのは何でもいいから「与える」行為のことです。ですから皆さんは大工さんに材料費や手間賃を「布施」するのだし、大工さんは皆さんに塀を布施しています。仏教的に言うなら、大工さんが仕事をして塀を作ることも布施だということになります。

 職人さんだけでなく、商売も同じです。私どもは自分で洋服は縫えません。ですから洋服屋さんに洋服を作ってもらいます。無論お金は払います。しかしお金を払うだけが布施じゃなくて、出来上がった洋服をくださるのも布施じゃありませんか。

 それをさらに広げると、私どもは世間のなかで生活しているのですが、人々はいろいろな仕事、職業を分担して生きているわけでしょう。職人さんだろうと、商人衆だろうと、お勤めさんであろうと、みんながそれぞれの社会の中に生きて、それなりの働きをして、それで社会が成り立っているし、経済的にいう流通機構もそれで成り立っている。

 ですから、私どもはパン屋さんに行って、お金を払ってパンを買います。パン屋さんは、有難うございますと礼を言います。私どもも有難うと逆に言い直している。タクシーを降りるにも、お世話様などと感謝の意を表している。金と物、金と労力の交換だし、布施の与え合いだから、双方が感謝の念を分かち合う、という考え方なんですね。

 これを一般化していうなら、私どもが自分の仕事を一生懸命やることは、それなりに社会に布施しているわけじゃありませんか。職種にかかわらず、また老だとか学生だとかにかかわらず、社会に生きている以上、何らかの形で社会に貢献している。逆に見るならば、私どもの生活は社会の全ての人の布施を受けることによって成り立っている。布施の交換。与える人と与えられる人が同じ立場。そうしたことから、「おかげさまで」という言葉が日本語に定着したんですね。おかげさまでという言葉は英語になりません。それに当たる考えが向こうにはありませんから。日本みたいに、何の関係もない人の間で、おかげさまでという言葉は言いません。

 例えば私は今日、皆さんにお会いしました。明日、お茶の水駅かどこかで偶然にお会いしたとしましょう。お婆ちゃんがおられると聞いていたものだから、「暑くなりましたね、お婆ちゃんはお元気ですか」くらいは言うでしょう。皆さんは何て返事します?「ええ、元気でやっています。おかげさまで」と言うのではないでしょうか。私は皆さんに昨日会ったばかり。おばあちゃんには会ったこともなければ、おせんべい一つあげたこともない。なんの関係もないのに皆さんは「お蔭様で」という。それはみな同じ社会に生きていて、それぞれの形で社会に何かを与えている。だからこそ私も生きさせてもらっている。会ったことのない人に対しても、おかげさまでと言っていいじゃないかという考え方なんです。

 ですから、四摂法の中の布施というのはそういう意味で、おかげさまでという日本語の意味内容にまで関わってきます。だからこそ、仏教では自分の仕事、職業は食うためだけではない、社会に尽くし布施しているものだと理解せよと教えてきました。それは自分の職業に誇りを持つことにも連なります。今日では社会状況が激変し、こういう考え方はそのまま通用しなくなっています。しかし、私は職業が単に生活費稼ぎの便法だけになっている現代だからこそ、職業の意味をあらためて考える必要があるものと考えています。

三、同事  

 「四摂法」の愛語とは相手を思いやる言葉であり、利行は他者を利する行為です。布施も含めて、慈悲心、真に相手を思いやる心で為される行為であり、その意味では社会倫理的な教えです。しかし、例えば西欧の「博愛」(philanthropy)とは基本姿勢が異なっていることを知って頂きたいと思います。博愛とは自分と他人が別個の存在であり、だからこそ、意識して相手のためになることを行う行為です。しかし仏教の慈悲心とは自・他がバラバラではなく、一つながりであること、「自他一如」という自覚が根本にあります。それが同事ということで、仏教の慈悲行の基本的な姿勢です。

 同事という言葉、というより慈悲の在り方の基本を中村元先生は「衆生と同じものとなって救う」と端的に示されています(『広説仏教語大辞典』)。

 『観音経』をお読みになった方はたくさんいらっしゃると思います。そこでは、観音は王様に法を説くときには王様になる。バラモンに説くときにはバラモンになると書いてある。相手の立場にどうじることが同事です。

 そうすると、お釈迦様、釈尊という人も、仏様なんだけれど、人間を救うために、インドのゴータマ・ブッダとして、王子として生まれて、修行して、仏になられたと考えられます。大乗仏教ではそういう理解をします(應身仏おうじんぶつ、ないし化身仏けしんぶつ)。釈尊だけではなく、仏教では他に仏様がたくさんおられます。阿弥陀仏もおられれば、薬師仏も大日如来もおられる。真実、法というものを人格化したのがこうした仏様たちなので、教理的には法身仏ほつしんぶつとか報身仏ほうじんぶつなどと説かれています。では、釈尊って何?といったら、その法というものを説くために、人間となって、この世に現われて、お悟りを開いてくださって、私どもを救ってくださった人なんだという考え方がございます。つまり、相手になりきるということが同事なんです。釈尊や祖師方はお悟りの体験から「相手になりきる」境涯を自覚したからこそ、その姿勢で慈悲を説かれました、私たちは、及ばずながらも、それを理想としてうけがい、努力しなければいけないものでしょう。仏教とはみんなが仏となって生きる教えなのです。

 そんな難しいこと言わなくても、相手に同じるってことは、結構普通にあるんですよ。随分前ですけど、動物園の園長をされていた方と対話をしたことがありまして、動物は、自分より大きいものを怖がる。だから、本当に動物と親しくなるためには、背を低めて、動物と同じ視点に立つのが必要なんだと言われました。ですから、「猫をかわいがろうと思ったら、高いとこに立って猫に餌をやっても、猫はなつかない。ずっと身を低めて、猫と同じ立場に、同じ目線でつきあうと、猫は仲間だと思って心を許してくれるんです」。なるほどと言ったら、先生いわく、「目を引っかかれないように気を付けてください」。

四、自他一如   

 自他の関係について、重要な釈尊の言葉があります。

 どの方向に心を向けて探しても、自分よりいとしいものは見いだされない。そのように、他人にとってもそれぞれの自己は愛しい。だから自分を愛しむために他人を害してはならない。(『相応部経典』Ⅲ,一・八・八)。

 これにはエピソードが付随して説かれています。釈迦族の国の南にコーサラ(拘薩羅)という大きな王国がありました。その王様は釈尊の信者ですが、その手引きをしたのはお后のマッリカーという人だと仏典は伝えています。その王様とお妃が、誰も居ない楼台の上で話をしていた時、と仏典は書きだします。

 すこし状況描写をすれば、三十歳ぐらいの王様と二十七~二十八歳のお妃様でしょうか。時は秋がいいですね。月が浩々と照って、涼しい風が吹いていて、ブーゲンビリアの赤い花が地上に黒い影を映していて、何ともいえない良い香が漂っている。仏典はここまで書いてないのですが、そういう状況を思わせるような会話なんです。王様はお妃に、「あなたにとって自分より愛しい人はいるか」と訊きます。どういう返事を予想していたかはわかるのですが、お妃はこの世で私より愛しいものはない、「私が一番愛しい」と答えます。王様は愛情を問うているのですが、お妃の方はあえて人間としての視点から答えているわけです。黙ってしまった王様にマッリカー妃は「王様、あなたはいかがです?」と逆に訊きかえします。王様はしばらく考えて、やっぱり自分が一番大切で愛しいと答えざるを得ませんでした。

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祇園精舎跡 インド・ウッタルプラデーシュ州
 暫く後に釈尊がこの町の南西にある祇園精舎にみえた時に、王様はこの会話を告げます。釈尊はマッリカー妃の言うとおりだと認めて、上の言葉を説かれました。どんなに探してみても自分が一番愛しいものである。自分にとって、自分が一番大切ならば、人様にとっても、その人の自分は、その人にとって一番大切なものに違いない。だから自分を愛するために、他人を傷つけてはならない、ということです。

 同時にこの教えは他人を大事にすることが自分を大事にすることだということに連なっています。釈尊が人が大切にしている自分を、私という自分を大切にするために傷つけてはならないというのは、単なる倫理ではないのです。釈尊のお悟りの中から出てきた宗教的自覚があって、それは自分が存在するから他者も存在し、他者が存在するから自分も存在し得ている、という関係が根底にあります。つまり「自他一如」ということなのですね。

 わかりやすい譬喩をいうなら、母親と我が子は「自他一如」です。しかしこの母親と他のご夫婦の子供は自他一如とは言えないでしょう。ごく普通の人間関係においてかわいがることは当然ありますが、時には、(我が子はあの子のために一番になれないなどと)憎むこともあり得ます。だからこそ、釈尊は「母親が一人子を命をかけて護るように、一切の生きとし生けるものに慈悲の心を及ぼせ」(『スッタニパータ』一四九)と言われるのです。自他一如の慈悲が本当の慈悲だし、それを理想として努力せよというのです。

 だからこそ釈尊はこう言います。

 すべてのものは暴力におびえている。すべての(生き物)にとって生命は愛しい。自分の身にひきあてて、殺してはならない、殺させてはならない。」(『ウダーナ・ヴァルガ』五,一九)。

 すべてのものとは人間ばかりではなく動物も含みます。暴力は怖ろしいものです。それに抵抗することができないのが暴力です。暴力に対し私たちは何もできないのが普通です。だから怖ろしいのですね。ましてや生命を奪われることには耐えられません。すべての(生き物)にとって生命は愛しいし、そこで「自分の身にひきあてて」というのがキーワードです。他者を自分の身にひきあててということは、慈悲の原点です。だから、殺してはならない、殺させてはならないと釈尊は説きます。私はこれが釈尊の暴力を忌む平和宣言の言葉だと受け止めています。

 こうした自他の関係を釈尊は自己と他己という表現をしています。

 自己を護るものは他の自己をも護る。だから自己を護れ。そのような人は常に害を受けることなく、賢者である。(『増支部経典』Ⅲ,p.三七三)。

 自分を護るということは、この場合、自他の関係でいうなら、他人さまの自己をも大事にするということです。他を自にひきあててということなんです。そういうふうに自分というものを護るものは、同時に、実は他者、他人の自己をも護っていることになるじゃないかということです。だから、自己を大事に護るということは、他人の自己を大事にしてあげることだし、他人さまの自己を大事にしてあげることは、結局、自分というものを大事にすることでしょう。両方が相通じている。言葉は違うけれども、同じことの裏表ということになってきます。

 そして、他の自己というのを書き直せば、他己ということです。自己という言葉は、自らの己でしょ。他己というのは、他の己なんですよ。つまり、仏教の考え方から言うと、自己と他己というものは、いずれも真実に生かされているかけがえのない大切な「己」。ですから自分と他人は無論別々の存在だが、真実に生かされている大切な己ということでは同じで、つまり、自分と他人はこの「己」を媒介として底が通じ合っているのです。

 先に母親と子供の例をいいましたが、老夫婦も同じものかも知れません。けんかもさんざんし尽くして、同じ一つの世界に生きていて、そこでツーといえばカーと通じる。そういう関係もあるじゃありませんか。

 自と他が一如である。自他は不一不二などとも云います。釈尊や祖師方が修行され、自分というものを深く見極めていったら、いままでは自分自分などと言っていたが、なんと自分は他人、他者と深く関わり合っているからこそ存在し得ている。他者がいなければ自分もいないし、自分がいるから他者も存在している。そして、人であれ物であれ、すべては真実、「仏法」の中に生かされている。いうなれば「仏法協同体」のメンバー同士みたいなものです。

 こうした在り方こそが仏教の基本的世界観である「縁起世界」です。そこですべては同事の関係にあるといってもいい。

五、慈悲を生きる

 仏教徒としての生き方もこうした世界の中で行われるのが正しいし、それが結局、自分なりに納得できる人生に連なります。自他一如を教えられ、及ばずながらもその理念にしたがって生きていく、最初からうまくできませんが、次第に身についてものとなり、いわば、「熟し」てくる。試行錯誤しながらも真摯に、「及ばずながら」も仏道を歩いて行く。添えが同事を生きることに連なります。  実践することは難しいことだし、努力し訓練が必要なことですが、二、三の具体的事例を御紹介しましょう。 

 私が非常に感銘を受けたエピソードがあります。私の自坊は東京の下町にありますが、檀家のお一人に勝気なお婆ちゃんがおりました。口も八丁手も八丁、てきぱきしたおばあちゃんで町会の顔役。ご婦人方のリーダーでもありました。頼りにされると同時に、ずけずけと口をきくものだから皆さんにすこし煙ったがられる一面もありました。八十歳代に入り、足腰が弱くなりました。部屋の中でやっと動けるくらいで、独立家屋の二階に住んでいるのですが、もう下には降りてこられません。ところが二階にトイレがないのですね。気の強いおばあちゃんですから、紙オムツなどはいやがって使わない。昔ながらのおまるを使って用を足す。階段の上から、「済んだよ」とか何か声をかけるんでしょうね。お嫁さんが上がってきて、それを始末してくれる。お嫁さんといってもこの事件が起こったときには五十歳代の方です。

 ある時のことです。用が済んで、下に声を掛けたら、お嫁さんが上がってこなかった。どこか外へ出ていたんでしょうね。お婆ちゃん、キレましてね、自分の使ったおまるを階段の下へ投げ込んじゃったという事件が起こります。信じられない実話です。

 後になって私はその話をお嫁さんから聞きました。「腹が立ったでしょう」と私は言ったのですが、「ええ、でも先生もご承知のとおり、ああいう気の勝った人でしょう。思うように動けなくていらいらしているんです。あんなことでもしなかったら気がすまないんでしょ。かわいそうな人なんです」という言葉がスッと出てきました。私は感銘を受けました。普通なら、大げんかになるところでしょう。けんかするってことは、腹を立ててけんかするおばあちゃんとお嫁さん、同じ立場ですよね。ところがそのお嫁さんは、かわいそうな人なんですと、いわば自分を精神的に一歩高いところにおいて、お婆ちゃんを赦しているんです。

 「あなたは偉いね」と私はお嫁さんを褒めました。そして「お婆ちゃんはわが儘でそういう非道いことをしたけれど、物の道理が分からない人じゃない。あなたにごめんね、と謝るような人じゃないけど、心の中では「悪いことしちゃったな」って後悔しているにちがいないよ」などと慰めました。本来なら腹を立てて怒をぶつけるところを「かわいそうな人なんです」と一歩高いところに立って、お婆ちゃんを赦している。それによって本人も救われ、お婆ちゃんも実は救われている。こういう同事の例もあるんです。

 これも感銘を受けたエピソードです。私はあるところで講演をして、講演が終わってから、三十代初めのころの青年に話を聞いてほしいと言われたことがあります。かなり足の悪い、身体不自由な人でした。彼が言うんですね。「子どものときから、この足の不自由さを、みんなから笑われ、いじめられ、ばかにされ、大きくなっても就職その他で差別されてきた。私は社会が本当に憎いんです。しかし」と彼は続けました。「だからといって、バスに火をつけたり、人を刺したりするテロ的な行為をするつもりはまったくないんです。むしろ、私は社会のために尽くしたいと思って一生懸命やっています。しかし、自分の心を考えると、社会のために何か尽くしたいと思う自分を支えているのは、社会に対する憎しみなんです」。

 しっかりした人だと思いましたし、私もよく分かる気がしたんです。つまり、物事をよく考え自分を見つめることができる人だけに、テロ的な行為をしても自分の心が満足しないってことを知っているんです。しかし社会に対する憎しみという鬱屈した感情は何とかしなければ自分がもたない。そこで憎しみを「社会のために尽くす」と方向転換することで自分を取り戻そうとしているのです。

 こういう例は他にもいろいろあると思います。法然上人も父親が武家同士の争いで殺されました。しかし、恨みを持って相手を殺すなどしてはならぬ、と教えられて、代わりに仏門に入って、その恨みに別の形で対応したという、そういう例もあります。

 あるいは、最近、なるほどと思ったのは、先日パリのホテルでテロ事件が起こりました。レスリさんという方はジャーナリストだそうですけど、奥さんがテロで殺されています。そのときに、ISのテロリストに対して、彼は「君たちに憎しみという贈り物をあげることはない」と言ったという。これは新聞にも出た話で実話です。「女房を殺されて、よくそんな考えが出るな、何で相手を殺したいと言わないんだ」などという考え方もあるに違いありません。反対に、相手にもそれなりの苦悩と悩みもあるのだろうし、一つ高い立場に立ってテロリストを赦している。こういう同事もあり、慈悲のかたちもあるのです。

六、自然を愛する  

 同事とは人間関係だけではありません。自然に接する姿勢にも種々な形で同事ははたらいています。同事には「同じはたらきを共にすること」という意味があるのですが、道元禅師はこう言うんですね。

 海の水を辞せざるは同事なり。水の海を辞せざる徳も具足せるなり。この故に水あつまりて海となり、土かさなりて山となるなり。(『正法眼蔵』「菩提薩埵四摂法」)

187-8.jpg 海にいろいろな川の水が流れ込んでいく。東京湾という海は、荒川とか多摩川とかの川を拒否しない。そして、各川は海に入ると、その名前を捨てて、海と一つになってしまう。すべてのものが一つになって存在しているということは、さまざまな異なったものが、お互いに相手に同調しながら、ひとつの海なら海を構成しているということです。山があるとして、その山には大きな岩があったり、石があったり、土があったり、木が生えていたりするけれども、全部が関わり合って山を作りあげている。それぞれが別個の物でありながら、すべてが、いわば、共に働いて山をなしている。今ある山の全体を共に作り上げているのが岩や石、土、木々などの「個物」で、どれもが山を構成している必須の要素であり、たがいに平等にはたらいているものです。一つでも欠けたら「今のこの山」という全体はなくなって、別の山になってしまいます。

 同じことを家の例でみるともっとわかりよくなります。家は材木で作ります。しかし、家ができると、材木はそれぞれに柱、敷居、鴨居、棟、棟木等々の名前と独自の機能を持った部分になります。すなわち家という「全体」は個々の「部分」により成り立っています。これらの「部分」、つまり「個」、は単に集まっているだけではありません。共にはたらいて家という「全体」を成り立たせています。どの部分も家には必要なもので、どの一つが欠けても「家」にはなりません。例えば屋根を支える棟木の一本が欠けたら、欠陥住宅です。「家」とは言えないでしょう。

 一本の棟木は他の諸「部分」と「共にはたらいて」家を成り立たせているからこそ棟木なのです(これが、すべては関わっている、縁起しているということです)。ですから他の「部分」がないと棟木としての自分もありません。棟木がないと家もなく、家がなければ棟木もありません。棟木を自分、諸部分を他人、他者、そし家を何らかの組織体、(家庭、会社、グループ、等等)と考えて見て下さい。  自他一如とはこういうことです。自がなくなれば他もなくなり、他がなければ自もないのです。こうした自他の世界観のなかで、慈悲の実践が説かれているのです。


 人間と自然との「お付き合い」にも「同事」という姿勢は大きな意味を持っています。

 道元禅師に「我、山を愛するとき、山、主を愛す」(『永平広録』一〇・一〇二)という言葉があります。禅師は静寂の中で坐禅する場である山を好んでおられる方でした。言葉としては、自分が山を愛するならば、山の方も私を愛してくれる、という意味です。しかし、これは自分がここにいて、山が向こうにあって、私が山を愛すれば、山もお返しに静けさや美しさをくれる、などということではありません。宗教的に開かれた眼からみるなら、山はそれなりの真実、宇宙のイノチに生かされている。真実を露呈して光かがやいている。そして私も同じイノチに生かされている。山をしみじみと見、そこに坐る。山は私を包み込み、私は山と生きている。私が山を対象的に見ているとか愛しているとかではなくて、私と山とが一つになっている世界、「同事」ている世界の中での「自分」と「山」との関係をいっているのです。

 松尾芭蕉は仏頂禅師に師事していた人だが、こういう俳句があります。
  よくみれば なずな花さく 垣根かな
なずなはペンペン草で小さな白い花です。そう美しい花ではありません。芭蕉は垣根に咲くなずなを見ているうちに、なずなに同調してしまう。この句を風景描写としてみたらつまらない句です。しかし芭蕉は垣根に咲くなずなと自分が宇宙のイノチを共有しつつ生かされていることに深く感動しています。その感動が俳人としての芭蕉の言葉として表現されているのです。

 この句にみる芭蕉の世界は仏教的であり、禅的です。彼の俳句世界については弟子の服部土芳が次のように語っています。「松のことは松にならへ、竹のことは竹にならへと師のことばありしも、そは私意をはなるるといふことなり」(『三冊子さんぞうし』)。私意を離れるということは私たちの恣意的な自我的解釈を離れて、松や竹になりきれ、それが松や竹を真に理解する姿勢だということです。

 この姿勢はまさに道元禅師が説かれているところと同じです。私たちは人間の立場から水をいろいろに言うのですが、水は「法位に住して」いるものであり、だから、水の立場に立って「水の水を見る参学」があるし、「仏道の水を参学すべし」(共に『山水経』)と禅師は説示されています。

 本日は、同事ということを学んでいただきたいと思って、こんなテーマを出しました。ポイントをまとめて言いますと、同事というのは、慈悲の在り方です。現代は色々な意味で荒廃した時代です。国際的に見ても荒れ果てておりますし、国内も妙な社会になっております。人々が共に生きている社会などではなくなっている。では何もしなくてもいいのか。やはり、私ども一人一人が、身近なところから、他者、他人というものとのしかるべき関係を考えながら、できるところから、身近なところから、相手に同じる姿勢で、慈悲というものを考え、及ばずながらも実践しつつ生きていかなければいけないのではないでしょうか。それが次第に他に広がっていけば、社会も少しは良くなっていくのではないか。そういう思いを抱きながら、本日は四無量心、四摂法、同事、自他一如などという言葉で慈悲を学んできました。

 ご参考になれば幸いです。(終)

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