大洞 龍明塾長

『歎異抄』の世界(第31期スクーリング特別講義録)

2019年6月10日

Ⅰ『歎異抄』

一、著名人に愛読された『歎異抄』

 『歎異抄』、これは親鸞聖人のお言葉を、唯円というお弟子さんが生涯の間にお聞きになった要旨を記された書物です。

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 歎異抄 第三章(蓮如上人写本より)
 しかし、『歎異抄』は、明治以前は、「外見げけんあるべからず」と、外部者に対してこれを見せてはいけないという宗門の中でもごく一部の人しか見ることができない秘密の書でした。何故かというと、この書を読んだ人がとんでもない心得違いをして、社会に害を及ぼしたりする恐れがあると考えられたからです。ですから、うっかり人に見せてはいけないんだということ、ちょうど鋭い〝諸刃もろはの剣〟のようなもので、ちょっと間違ったら人をも傷つけ、自分自身をも傷つける恐れがあると、浄土真宗の聖典ではありますが外部には出ていませんでした。

 ところが、明治以降になって、色々なものが開放されるのにともなって、『歎異抄』も一般の人でも読めるようになりました。そして、印刷物が出回ると同時に、大変貴重な書物だということで、日本中で評判になり、多くの思想家や著名人にも深い感銘を与えていったのです。
  

①「無人島に一冊の本を持っていくとしたら...」

 例えば司馬遼太郎さん、もう説明のいらないお方ですが、第二次世界大戦で兵役に召集されました。そのとき、「俺はもう死ぬかもしれない。この戦争に行って死ぬかもしれない。だけども、死んだ先の世界はどうなっているか、私は何も知らない。何とかしてそれを知りたい」ということで、本屋を漁っていたところ、『歎異抄』に行き着いたわけです。

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 歎異抄 第十三章
 また、「死んだらどうなるか、分かりませんでした、徴兵されたとき。人に聞いてもよく分かりませんでした。仕方がないので本屋に行きました。そして、親鸞聖人の話を弟子がまとめた『歎異抄』を買いました。非常に分かりやすい文章で、読んでみると真実のにおいがするのですね。人の話でも、本を読んでも、空気が漏れているような感じがして、何かうそだなと思うようなことがあります。『歎異抄』にはそれがありませんでした。」あるいは、こんなことも書いていますね。「ここは親鸞聖人にだまされてもいいやという気になって、これでいこうと思ったのです。兵隊となってからは肌身離さず持っていて、暇さえあれば『歎異抄』を読んでいました。私は死亡率が高い戦車隊に取られましたから、どうせ死ぬだろうと思っていた。」という心境の下で『歎異抄』を読まれています。そして、「無人島に一冊だけ本を持っていってもいいと言われたら、『歎異抄』しかない」と、こうおっしゃった。
 

②「一切の書物を焼失しても『歎異抄』が残れば我慢できる」

 次は、西田哲学の祖、西田幾多郎先生です。「一切の書物を焼失しても『歎異抄』が残れば我慢できる。」、これは第二次世界大戦末期に、日本中の主要都市が米軍の爆撃で焼失し破壊されて、家や道具や貴重な書物が消えていく。その中で、このように一切の書物が焼失しても『歎異抄』が残れば我慢できるということを書いていらっしゃいます。」

 

③「万巻の書の中から、たった一冊選ぶとしたら」

 それから、三木清さん。この方は西田哲学の流れをくむ哲学者で、思想が反国家的であるという理由で、憲兵に引っ張られて、獄に入れられますが、獄中でもいろんな書物を書いていました。やがて獄中で亡くなるのですが、その最後に書かれたのが『親鸞』という書物です。この方も、「万巻の書の中から、たった一冊を選ぶとしたら、『歎異抄』をとる。」と、こうおっしゃっているんですね。この三木清さんは、私の親戚に当たります。私は二十巻ほどの『三木清全集』を学生の頃に買いまして、それを熟読したことが記憶に残っています。
   

④「世界のあらゆる文書の中で、一番内面的な求心的な、そして本質的なもの」

 次は倉田百三さん、この方の有名な作品に『出家とその弟子』があります。この戯曲は世界中で翻訳され、絶賛されました。この倉田さんが、『歎異抄』を読んで深い感銘を受けて著した戯曲が『出家とその弟子』という本であります。その当時大ベストセラーとなり、各国語に翻訳されました。フランス文学の文豪ロマン・ロランも、「現代のアジアにあって宗教芸術作品のうちでこれ以上純粋なものを私は知らない」と激賞しております。

 倉田さんは『歎異抄』について、「『歎異抄』よりも求心的な書物はおそらく世界にあるまい。」、あるいは「実に名文だ。国宝といってもいい。」「『歎異抄』は私の知っている限り、世界のあらゆる文書の中で一番内面的な、求心的な、そして本質的なものである。文学や、宗教の領域の中、宗教の中でも最も内面的な仏教、その中でも最も求心的な浄土真宗の一番本質的な精髄ばかりを取り扱ったものである」と、おっしゃっています。

 

⑤「こんなに素晴らしい聖者が東洋にあった」

 それから、最後に、マルティン・ハイデガーという方です。この方は実存主義の流れをくむ、二十世紀における哲学者の筆頭に位置する人です。このハイデガー氏が晩年の頃にこう言っています。

 「今日、英訳を通じてはじめて東洋の聖者親鸞の『歎異抄』を読んだ。弥陀の五劫思惟の願を案ずるに、ひとえに親鸞一人がためなりけりとは、何と透徹した態度だろう。もし十年前にこんな素晴らしい聖者が東洋にあったことを知ったら、自分はギリシャ・ラテン語の勉強もしなかった。日本語を学び、聖者の話を聞いて、世界中に広めることを生きがいにしたであろう。遅かった。」と、日記の中に著していられます。

 このように内外の識者たちが絶賛しているのが『歎異抄』という書物です。

二、『歎異抄』第三章

①画期的な第三章

 『歎異抄』の世界を開く中で、一番注目される、画期的な思想を世に問うたのが第三章です。

 善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや。しかるを世のひとつねにいはく、悪人なを往生す、いかにいはんや善人をやと。この條、一旦そのいはれあるににたれども、本願他力の意趣にそむけり。そのゆへは、自力作善のひとは、ひとへに他力をたのむこころかけたるあひだ、弥陀の本願にあらず。しかれども、自力のこころをひるがえして、他力をたのみたてまつれば、真実報土の往生をとぐるなり。煩悩具足のわれらは、いづれの行にても生死をはなるることあるべからざるをあはれみたまひて、願ををこしたまふ本意、悪人成仏のためなれば、他力をたのみたてまつる悪人、もとも往生の正因なり。よて善人だにこそ往生すれ、まして悪人はと、おほせさふらひき。

 言葉は簡単ですけど、意味はなかなか難しいですね。よくよく考えてみても、なかなか難しい。

 「おおせそうらいき」の部分は、これは唯円というお弟子さんが、「我が師、親鸞聖人がこういうふうにおっしゃいましたよ」と書いた部分です。
 

②善人なおもて往生をとぐ

 なかなか難しいんですが私なりに現代語に訳してみました。訳してみたけれどもそれがまた難しいものでした。

 善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや。 (善人でさえ救われて極楽往生することができるのである。どうして悪人が救われないことがありましょうか。必ず悪人は阿弥陀仏の浄土へ生まれることができるのです。)

 この言葉だけでも普通の常識じゃない。善人よりも悪人のほうが救われるという表現ですから。

 しかるを世のひとつねにいはく、悪人なを往生す、いかにいはんや善人をやと。この條、一旦そのいはれあるににたれども、本願他力の意趣にそむけり。

 (ところが世間の常識では、「悪人でさえ救われていくのである。どうして善人が救われないことがありましょうか」、と考える。このことは、一応、善因善果、悪因悪果という法則に照らして根拠があり、正しいように思えるけれど、阿弥陀如来の「本願他力」の教えには反している。)

 ここに本願他力という難しい課題が出てきました。
 

③そのゆへは自力作善のひとは

 そのゆへは、自力作善のひとは、ひとへに他力をたのむこころかけたるあひだ、弥陀の本願にあらず。しかれども、自力のこころをひるがえして、他力をたのみたてまつれば、真実報土の往生をとぐるなり。

 (その理由は、自分の力で善を行ってその徳で救われようとする自力作善の人は、阿弥陀如来の大慈悲の本願力におまかせするという心がないので、阿弥陀如来の本意にかなっていない。
 しかしながら、自分の力で善を作ってその善の果報として浄土往生しようという自力の心を捨てて、阿弥陀如来の本願力におまかせする心境にかわれば、如来の救済をいただいて、真実報土の大涅槃界である、阿弥陀仏の浄土に往生することができるのです。)

 最近テレビは、あの人は亡くなって天国へ行かれましたということを言いますが、一体、天国というのは何でしょうか。その人たちは天国というのはどういうふうに考えているのでしょう。天国へ行かれましたと言いますが、天国というものを分かって、天国へ行かれましたと言っているのでしょうか。少し難しいですね。

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塾OBが集い塾長を囲んで聖典輪読会が行われている 於新宿瑠璃光院
 キリスト教にも天国があります。それはエホバの神がおつくりになっていらっしゃる天国です。キリストの愛を信じて、キリストに帰依したものは、天国へ行ける。しかし、キリスト教の伝統からいえば、最後の審判があります。その日までは、天国へ行くか、地獄へ行くか、それはまだ分かりません。最後の審判は、その日が来たら、神が、おまえは天国へ行け、おまえは地獄へ行けと分けて、そして、選ばれた人だけが天国へ召されるのです。本来はそういう教えです。

 そして、イスラム教の場合ですが、こちらはエホバの神ではなくて、アラーの神です。アラーの神がおつくりになった天国がある。そこへ行くか、地獄へ落ちるかです。

 では、仏教の場合どうでしょうか。仏教の場合、実は天上界には二十七界あり、天国といってもいろいろあります。例えば、下天といって、天の中の一番下の天があります。下天でも、人間界でいえば五十年の五百倍の寿命がある世界です。だから織田信長は「人間五十年、下天のうちを比ぶれば夢幻のごとくなり」と幸若舞を舞って死んでいったと伝えられています。そして、それをずっと上の方へ行きますと、有頂天、いわゆる頂の上にある天、有頂天という天国があります。そういうように仏教の天上界にもいろいろあるのです。

 しかし、天国というのは、迷いの世界にしか過ぎないということを、仏教ではいいます。欲望の世界からは出られない。そういう天国なんですね。

 その欲望の輪廻の世界から出るのが浄土です。その浄土も、いろんな仏様がいらっしゃって、それぞれの浄土をつくっていらっしゃいますが、なかでも阿弥陀如来という仏様は、いわゆる極楽浄土という浄土をつくられました。どんな人でも、何の差別もなく、平等におさめとるという浄土です。しかもそこは、真実の報土の大涅槃界です。大涅槃界というのは、欲望の世界をも全て飛び越えてしまった、いわゆる悟りの世界ですが、それをここでお話をすると長くなりますので、次に進みましょう。

 

④煩悩具足のわれらは

 煩悩具足のわれらは、いづれの行にても生死をはなるることあるべからざるをあはれみたまひて、願ををこしたまふ本意、悪人成仏のためなれば、他力をたのみたてまつる悪人、もとも往生の正因なり。

 (いかり、腹立ち、そねみ、むさぼりといった煩悩にまみれた私達は、どんなに善行を積んだとしても、生死の苦悩から解放されることなく、ただ輪廻している相を憐れんで、阿弥陀如来は本願をおこされたのである。それは、悪人をこそ救いたいという願いの中から生まれたのであるから、阿弥陀如来にすべてをおまかせする悪人は、もっとも浄土往生の正因です。救われるのです。)

 輪廻するというのは、皆さん、賽の河原をご存じでしょう。賽の河原には、親よりも先に亡くなった子どもたちが行きます。そしてその子供たちは賽の河原へ行って、「一つ石を積んでは父のため、二つ積んでは母のため」というふうにして、少しずつ積んでゆくのです。ようやく積み上がってきたなと思うと、鬼がそこへ来て、バンと鉄棒で石の塔を壊してしまいます。ガラガラと積んだ石は崩れます。そうすると、子どもは、また、「一つ積んでは父のため、二つ積んでは母のため」と言って石を積んでいくわけです。すると、また鬼がやってきてガラガラと石を倒してしまう。それを何遍も何遍も繰り返しているというのが賽の河原の物語ですが、結局人間も、いいことをしようと思って善を積む。もう一ついいことをしようと思って善を行う。もう一ついいことをしようと思って人助けをする。もう一ついいことをしようと思って布施をする。ところが、外から来るんじゃなくて、自分の心の中から、いいことがすべて崩れ落ちるような、そういう自分の心の本性というか、煩悩の強さ、むさぼりの強さという鬼の心がワーッと湧いてきて、積んだ善行が全部壊れてしまうのです。


⑤よて善人だにこそ往生すれ

 よて善人だにこそ往生すれ、まして悪人はと、おほせさふらひき。

 (自力作善の人は、阿弥陀如来の救いの対象ではなく、煩悩具足の凡夫こそが救いの対象であるから、「善人だにこそ往生すれ、まして悪人は」と聖人はおほせられたのです。)

 浄土真宗ですから、阿弥陀如来が中心になります。阿弥陀如来がお立てになった浄土が、極楽浄土といわれる浄土です。

 阿弥陀如来という仏はどういう方かというと、これは一つの物語のような表現で、『大無量寿経』というお経の中に出ています。法蔵菩薩の物語です。

 法蔵菩薩という方は、かつては一国の国王でありました。ところが、どうしても苦しんでいる国民を救うことができない。人々を救うことができない。それで、どうしたら救うことができますかということを、当時いらっしゃった世自在王仏という仏様の所へ行ってお聞きになったのです。「どうしたらこの人たちを救うことができますか」とうかがいますと、世自在王仏は、「あなた自身、考えなさい」と答えられましたので、法蔵菩薩は五劫の間、考えました。一劫というのは、富士山ぐらいの大きな硬い石があって、そこへ三年に一度、天女が降りてきて、天を飛びながら、羽衣でスーッとなでる。すると、石が少し減るわけです。その石が、少しずつ衣の袖で擦り減っていって、そして、全くなくなってしまうような、そういう長い長い時間が一劫という時間です。それを五つ重ねた長い長い間、法蔵菩薩は考え抜いて、そして、願を立てられました。その願の数は四十八ありました。

 一切の人々を救いたい、等しく救いたいといった、四十八のさまざまな願を立てられた。その中で特に第十八番目が「南無阿弥陀仏を称えよ、南無阿弥陀仏を称える者は、どんな悪人でも、どんな罪人でも、そのまま救う」という願を立てられたのです。これが法蔵菩薩が立てられた本願なんです。

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  体を揺らして念仏する坂東曲の実習
 そして、願を立てたあと、兆載永劫ちょうさいようごうの修行をされたと書いてあります。兆載永劫ですから、五劫とは全然訳が違います。桁が違います。兆載永劫の修行をされて、そして、四十八願の第十八番目で誓われた、「南無阿弥陀仏を称えよ、南無阿弥陀仏を称える者は、どんな悪人でも、どんな罪人でも、そのまま救う」という本願が成就したわけです。

 願と修行が成就して、法蔵菩薩は阿弥陀如来になられた。それが阿弥陀仏の浄土が建立された由縁なんです。だから、南無阿弥陀仏を称えた者は、どんな人でも平等に救われるという浄土教が成立しているわけです。

 そして『歎異抄』第三章は、この悪人正機、悪人こそ救われることを著わした章なのです。

 ですから、悪人こそもっとも往生の正因なりという締めくくりになっているのです。

 といいましても、私はなかなか理解が難しいと思います。一つ一つの語句を解釈しても、私は意味がないと思いますので、私は『こころのライフワーク』という書物を今から二十年ほど前に「主婦と生活社」から出版してもらったのですが、そこにこの第三章の意味を少しは理解していただけるんじゃないかと思うくだりがありますので、それにそって、皆さんと一緒に考えてみたいと思います。それは私が住職をしている光明寺岐阜本坊で行われた秋安居に遡ります。


 
Ⅱ『こころのライフワーク』

①秋安居あんごでのある質問

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  真剣に聞き入る受講生

 平成八年十一月のことです。岐阜光明寺で秋安居と呼ぶ講習会が開かれました。この時、参加者の一人が手を挙げて、こういう質問をしました。

 「一連のオウム真理教事件の首謀者である麻原彰晃は、伝えられているような無差別大量殺害事件の主犯であるとしたら、それでも浄土に往生できるのでしょうか」

 オウム真理教事件以来、浄土門の僧侶にこのような問いが一般の人、門徒さんから投げ掛けられることがあると耳にします。やはり、わが安居でも、この質問が出たかと感慨を深くしました。これに対して講師からは、次のような応答がありました。

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喚鐘を合図に講義が始まる 
 「たとえ麻原彰晃であっても、彼が回心懺悔して、お念仏を称えるなら救われます」

 講師の答えに、参加者はみんな納得してうなずいていました。しかし、私はそうは思わない。そのレベルで往生を考えているとするなら、まだまだ勉強が足りないなというのがその時の正直な感想でした。

 この安居あんごとは、お釈迦様の時代から続いている、仏教の、いわゆる講習会です。ですから、各仏教教団では決まった時期に安居を開きます。各お寺でも開く場合があります。六月あたりに開くのが本当で、夏安居げあんごというのですが、夏は暑くて、いろんな支障があるので、私は秋に毎年安居を開いております。講師を呼んで勉強します。私も勉強します。

 ところが、このときは、講師の方が、私の大先輩でもあり、勉強もしっかりしていらっしゃる方ですから、本当に解を得るような返事があるかなと思ったら、「たとえ麻原彰晃であっても、彼が一心に懺悔してお念仏を唱えるなら救われます」という回答をされたので、何となく落ち着かなくなりました。ところが、みんなそれで納得したようにしているから、これで納得したらいけませんねと思いました。

 
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安居での講義風景(大熊信嗣師)

②因果信の殻をはがす

 浄土宗・浄土真宗が開宗するにあたって依拠えきょした根本経典(これを正依しょうえの経典といいます)は浄土三部経です。無量寿経、観無量寿経、阿弥陀経の三つ。その無量寿経に法蔵菩薩が阿弥陀仏になられるに際して四十八の誓願(四十八願)を立てられたと書かれています。その四十八願のうちの第十八願はこういう内容です(原文は漢文)。

 「私が仏になるようなことになり、その時、世界中のもろもろの衆生(人々)が、私の国(弥陀の浄土)に生れたいと欲うなら、たとえ一声でも十声でも念仏しなさい。それでもし生まれなければ、私は正覚(さとり)を得ないだろう。ただし、五逆の罪を犯した者と正法(仏法)を誹謗する(そしる)者は除きます」

 正覚を得る、という意味は仏になることですから、この誓願(他の誓願も含めて)を成満できなければ、仏さまにならないとおっしゃったわけです。

 この十八願を読んで、そのまま胸に納めれば、麻原彰晃といえども回心懺悔すれば救われる(弥陀の国に生れる=浄土に往生できる)という講師の返答は一応うなずけます。

 また、わかりよい説明です。

 けれど、私はこうした本願思想はまだ浅い、徹底していないと考えるわけです。ここにある発想は、平たくいえば、「弥陀の本願を信じて念仏すれば、誰でも救われる」というものです。つまり「弥陀の本願を信じて念仏すれば」というのが条件となっています。あるいは念仏という因があって、はじめて浄土往生という果がある。これは念仏という因によって、救いという果を信じる、つまり因果信にとどまっていて、まだ信心が徹底していない、と私は考えるのです。この信心はまだ一つの殻をかぶっている。その殻を破らなければ本当の本願信=絶対他力の信心にはならない。

 これの詳しい説明は後にゆずります。ただここでいえることは、親鸞聖人の思想を語る場合、多くは因果信にとどまっていることです。因果信の薄い殻、たった一枚の薄紙のような殻をはがさないことには、親鸞聖人の思想の核心には到達できないのです。いま一言つけ足すなら、歎異抄は、なお因果信にとどまってそれから脱け出られないでいる弟子、あるいは門徒に対する批判の書だった。私はこう考えているのです。

 

③因果信と本願信

 因果信は初めてお聞きになるお言葉だと思いますが、信心には、因果信と、それから、本願信というものがあります。何を拠点として信ずるかということです。

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安居での講義風景  
 一つは因果の道理によって納得する信心です。いいことをすればいいことがある、悪いことをすれば悪いことがある、だから、いいことをしなさい、悪いことはしちゃいけないよというのが因果信、因果の道理です。因果の道理を信じている信心です。

 それから、もう一つ、本願信とは、因果の道理を超えている信心です。因果信を相対価値の世界とすれば、こちらは絶対価値の世界です。相対価値というのは、いろいろと見比べて、比較して、いい・悪いというものを決め、そういうことを価値の基準にします。一方、絶対価値は、何も比較しない。相対的なものを見ない。ただ、絶対的にそのものの真理、そのものの奥底にあるものを受けていくということです。この本願信は、阿弥陀如来の本願のことを指します。どんな悪人でも、どんな罪人でも、そのまま救うよとおっしゃる、そういう呼び掛けにそのままうなずいていく。そういうのが本願信と一応理解していただけたらいいのではないかと思います。
 

④親鸞一人がためなりけり 

 先に「麻原彰晃は救われるか?」という光明寺・秋安居のディスカッションに際して、自身が保留した私の考えをここで述べてみたいと思います。

 当時、大谷大学で学んだ学生は、歎異抄を何度も何度も読み返しました。一部の学生は一字一句、間違えることなく、そらで暗誦できるまでになっていました。

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  大洞塾長の講義
 その歎異抄の中で、後章の、
 「聖人のつねのおほせには、弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとへに親鸞一人がためなりけり」

 これが学生時代の私にはどうしても理解できなかった。「阿弥陀さまが長い長い間、深く深くお考えになった(本)願は、この親鸞一人のためだったのだ」。このことで聖人は何をおっしゃろうとしたのか。これほどのエゴセントリック(自己中心的)な言葉は、古今東西において類を見ないものです。

 もちろん学生時代にこれの「解」を見出すことはできず、未解決の懸案として、その後もずっと胸の底にわだかまっていました。

 香厳撃竹きょうげんぎゃくちく(師から与えられた公案がとけなかった香厳が、長い時を経て、ある時草むらにあった小石を何となく外へ放り投げた。その小石が近くの竹林に当って「カーン」と音がした。その時の音を聞くと同時に公案がとけ、「解」を得たという話)ではないけれど、それが、ある年の仏教塾の入塾式に向かう新幹線の中で、「あっ」と思い当たったのです。浄土真宗に公案はないけれど、まさに、親鸞聖人からいただいた公案に解を得た。そういう気分で、天にも昇る思いをしました。

 聖人の口にしてやまなかった表白は、聖人の自覚です。この私(聖人)ほどの極悪深重な人間はこの世にはいるまい。この私をお救いなさる方途の発見に、阿弥陀さまはどれほどの年月をついやし、考えをめぐらせ、菩薩行(利他行)をされたことか。「五劫思惟」は、ほかでもないこの親鸞一人のために、最後の一人(聖人)を救おうとされた、そのためのものだったのだ。事実、本願を達成されて法蔵菩薩から阿弥陀如来になられた。とすれば、最後に残された、最低の人間、私(聖人、そしてこの私)が救われてあることに疑いはない。

 そして極悪底下の私(極悪人の中で一番底の下に位置する聖人、そしてこの私)が救われてあるからには、まだ私より罪の軽い犯罪者たちも、いうまでもなく救われてある、これも疑いを容れない。麻原彰晃氏は回心懺悔することはないかも知れません。ないでしょう。しかし回心懺悔の心を、いささかももたない横着者は私自身です。そのような救われようのない私を、如来さまは第十八の本願を立てて、その信心の世界の中に摂め取って救ってくださったのです。そのことに気づけば、全ての罪人がすでにして救われてあることに思いあたります。「ひとへに親鸞一人がためなりけり」というお言葉は、そういう意味なのです。

 さっきご紹介しましたマルティン・ハイデガーが、英訳された『歎異抄』の中で、「弥陀の五劫思惟の願を案ずるにひとえに親鸞一人がためなりけりとは、なんと透徹した態度だろう」と言っていますが、この人は哲学者であるだけに、直感で思い当たることがあるのです。弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、親鸞一人がためなりけり。普通はこれは思い当たらないです。私も全然分かりませんでした。学生時代を通じ、青年、壮年期を通じて分からなかった。ところが、二十年前に新幹線の中でハッと分かったわけです。

 

⑤極悪人より私はましなのか

 少し現実に戻してみましょう。麻原彰晃氏と限らず、多くの人を殺して死刑宣告を受けた刑事犯。あの人たちよりも、自分は少しはましだ。事実、人を殺したり、人の物を盗んだことは一度たりともないではないか。人はこうした「安心」があるから毎日を平和に送っていられるわけでしょう。先に述べた相対価値の硬い殻に守られているともいえるでしょう。しかし、果たして、死刑にも値いする極悪人より、この私はましなのだろうか。

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受講者に修了証を渡す  
 なるほど、何十人も人を殺したり、よりどり見どりできれいな若い女性を抱き、何十人も子供を産ませたり、気に入らない世間を破壊したり、サティアンというような勝手な王国を築いたり、弟子をいたぶって死に追いやったり、大金をお布施として巻き上げたり......こうしたことはしていない。していないけれど、これに類したことを心に思いえがいたことはないだろうか。気に入らないヤツは死ねばいいと思う。ふと街角で見かけた若くてきれいな女性に欲情する。或いはイケメンの男性にボッと魅かれる。気に入らない上司や部下をいたぶる。好きなだけ借金して、それを返さない......これらのことの中の一つでも一度ならず、心に思いえがいたことはなかったでしょうか。

 聖書の中にキリストがおっしゃっている言葉があります。それは、「欲情の目をもって異性を見る者は、心の中で姦淫したるなり」と。聞いたことありますか。そういうことをキリスト自身がおっしゃっていらっしゃるのです。宗教というものは宗教的真理に触れるということですから、宗教的真理に触れた人は同じ真実を語るんですね。

 「しかし、現実にはやっていないし、空想するのは勝手だ」

 こういう反論があるにちがいありません。しかし、空想するだけでやっていない、その理由を考えたことがあるだろうか。

 世間体を考えるとそんなことはできない。家庭がある、女房子供がいる。そんなことをしたら、後ろへ手が回る......こうした理由を幾つもあげることができるでしょう。理由はどうあれ、しかし、自分を欺いていることにちがいはない。いつも自分を欺いている私が、その点では自分を欺かなかった死刑囚よりどうしてましなのか。その私は死刑囚よりも同等以上では決してない。

 このことに気づいたとき、自から「全ての人々が救われる道がなければ、私が救われて行く道はない」ことを知るでしょうし、
 弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、
 ひとへに親鸞一人がためなりけり
 この言葉の「解」を得られるはずです。
 

⑥ひと千人殺してんや

 極悪深重について、歎異抄十三章に、いま一つ有名な下りがあります。

 ある時、聖人は常陸河和田の唯円房(歎異抄の著者)に、
 「私のいうことを信じるか」
 と訊かれ、「信じます」と答えると、
 「たとへばひと(人)を千人ころ(殺)してんや、しからば往生は一定すべし」
 と聖人がおっしゃった。唯円房は、
 「私の器量にしては、たとえ師がそのように仰言ったとしても一人も殺せません」
 と答えます。すると、聖人はこうおっしゃった。
 「往生のために千人ころせといはんに、すなわちころすべし。しかれども一人にてもかな(適)ひぬべき業縁なきによりて害せざるなり。わがこころのよくてころさぬにはあらず。また害せじとおもふとも、百人千人をころすこともあるべし」

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 参加者は安居を終え、各自の暮らしの中へ帰って行った
 極楽往生を遂げるためには人を千人殺せといはれたら殺しなさい。そういわれたとしても、しかるべき業縁がなければ一人だって殺せはしない。それは自分の心がよいから殺さないのではない。また殺してはいけないと思っていても人を百人千人と殺すこともある―。 

 人というものは、「さるべき業縁のもよほせば、いかなるふるまいもすべし」。
 B二十九爆撃機の機長、アメリカ大統領の命令で広島・長崎に原爆を投下した乗組員の行為に思いをいたすなら、聖人のおっしゃることはそのまま理解できるでしょう。

 原爆を投下した機長は、アメリカの英雄としてたたえられましたが、後になって一瞬に幾万人もの人命を奪った罪にたえかねて、精神に異常をきたしたといいます。しかし本来この罪は、アメリカ大統領の命令によるものです。毒ガスの使用が禁止されていた第二次大戦中に、毒ガスの何万倍も殺傷力をもつ原爆が許されるはずはありません。自由主義・民主主義が正義で、そのためなら原爆を投下して罪の無い民間人を一瞬に殺すことも正義であると主張するならば、愚かなことです。

 また、同じ正義をかかげてベトナム戦争で殺し合いを演じたアメリカの正義も愚かです。反面、ドイモイ改革をかかげて、自由主義経済と外国資本の導入にやっきとなる現在のベトナムにとって、社会主義の正義を死守するために戦ったベトナム戦争とは何であったのか。これもまた愚かなことといわねばなりません。

 大学生の頃、学生運動を指導していた人たちが、「ソ連が原爆や水爆を持つのは良いが、アメリカが原水爆を持つのは反対」と主張していました。中国の文化大革命によって幾千万人の人民が、またカンボジアのポルポトによって幾百万人の罪の無い人々が殺されていったか。オウム真理教による殺人も、これらの国々の主義主張を正義とする殺人も、いずれ劣らぬ愚かな行為というほかはありません。


 
Ⅲ 救われるとは

 話は少し横道にそれましたが、「さるべき業縁のもよほせば、いかなるふるまいもすべし」という歎異抄の言葉がそのまま極悪非道の死刑囚が救われる論理とはなりません。業縁によって多くの生命を奪ったことだからといって罪が赦され救われてあるのではない。世界一の極悪深重な私が、弥陀の本願をいただいて救われてあることから、一切の悪人は救われてある。これが絶対他力の本願の救済といわれるものです。逆説的にいえば、私が救われたという事実と同時成立に麻原彰晃氏も救われるのです。宗教的救済というのは、あくまでも心の中の世界の主体的な体験であって、私自身の救いを抜きにして、他の人々の救いを客観的に論ずるべきものではありません。

 救われるというのはどういうことかというと、私自身が、いわゆる「機の深信を得る」ということが救われるということなのです。機の深信を得るというのは何かといますと、「わが身はこれ罪悪生死の凡夫である」とわかることです。私の本性は罪悪深重だと。それから、煩悩熾盛であると。怒り、腹立ち、そねみ、ねたむ心は、盛んに燃えさかっている。それがわが心の本来、本質であると。そこに思い当たることが機の深信です。この機の深信を得たということが救われるということなのです。機の深信、「わが身はこれ罪悪生死の凡夫、曠劫よりこのかた、常に没し常に流転して、出離の縁あることなし」という、そういう機の深信を得るということは、同時に、そのまま救われるということです。機の深信なくして救われるということの成立はないのです。わが身は罪悪深重である。それから、煩悩が燃え盛っている、わが身の本性はそうだというふうに思い当たったときが救われたときなのです。だから、それは暗いことではありません。救われるということは、大涅槃の世界、悟りの世界に放り投げられるというか、如来の大信心の世界につつまれるということですから、絶対にそれは暗いことではありません。明るいことなのです。光明の中につつまれることなのです。

 だから皆さん、「麻原彰晃は救われるのですか。救われないのですか」。どう思いますか。

 「凡夫の中の一番底に居るのが私です」ということに思い当たったときが、私が救われる瞬間なので、私が救われる瞬間に、すべての人々が救われてあるということです。ということは、麻原彰晃氏も、私が深信を得た、救われた瞬間、私が救われたことと同時成立に、救われているのだというふうに受け取っていただくのが、これが悪人正機の『歎異抄』のお心ではないかと思うのです。

 『歎異抄』は、世間の常識的論理を超えた、本願信の世界であり、機の深信を体験してはじめて感得される絶対他力の世界です。「外見げけんあるべからず」として、何百年もの間、秘密の聖典とされてきたのは、諸刃の剣をもって自他ともに傷つけることのないように警告する言葉であったのです。(終)

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