渡辺章悟先生

大乗仏教論-「大乗仏教のトップランナーとしての般若経」-(第27期スクーリング講義録)

2014年9月10日 仏教文化170号

1. はじめに

 
一、「大乗」の記述

(一) 高校の教科書の記述 

 大乗は在家者中心である。部派との関係では大衆部の流れを汲むとする記述あり。
 なお、部派や大乗の記述がないものさえある。

(二) 一般の辞書的 

・「紀元前後頃からインドに起った改革派の仏教。従来の部派仏教が出家者中心・自利中心であったのを小乗仏教として批判し、それに対し、自分たちを菩薩と呼び利他中心の立場をとった。東アジアやチベットなどの北伝仏教はいずれも大乗仏教の流れを受けている。」(『広辞苑』) 

・「西暦紀元前後からインドに興った仏教の革新運動のこと。ゴータマ・ブッダ(釈尊)滅後まもなく、出家の仏教者たちは遍歴の生活をやめ、次第に僧院に定住し、王族や豪商たちの経済的援助のもとに学問と瞑想に専心するようになった。この初期の出家仏教は多くの学派に分れていたので部派仏教と呼ばれる。出家の仏教者には僧院に住む声聞(仏弟子の意)と一人で山野に修行する独覚(縁覚ともいう)とがあったが、ともに阿羅漢という聖者になることを最高の理想としていた。これに対し、革新仏教の信者たちは仏陀となることを理想とし、みずからを菩薩(仏陀のさとりを求める有情)と呼んだ。紀元後一世紀に成立した八千頌般若経の中で革新仏教はみずからを大乗と称し、従来の部派仏教を小乗とおとしめて呼んだ。小乗教徒が自利にのみ走り、一般の在家信者を顧みない傾向が強かったのに対し、菩薩たちはみずからが仏陀となることとともに、あるいはそれ以上に、あらゆる人々をさとらせ、救済しようとする慈悲を強調したから大乗という。」(『岩波仏教辞典』) 

2. 大乗仏教とは


一、大乗仏教の定義 

 大乗仏教は仏滅後、およそ四、五百年経過した紀元前後にインドで起った新しい仏教運動である。その頃、北西インドではクシャーン朝、南インドではアーンドラ王朝が勢力を拡大しつつ、比較的安定した時代に入っていた。この時代になって、仏教の形態や思想は大きな変化を遂げるようになった。従来の伝統仏教では単数であったシャーキャムニ・ブッダ(釈迦)から、あらたに複数の諸仏・諸菩薩の信仰が生れ、それら諸尊が活躍する場としての世界観の組織化が行われた。それに伴い、ブッダに到る修行法の多様化や修行階梯の再編が長い時代を経て確立していった。その革新運動は、新しい大乗経典の成立という形で、多種多様な教えとなって展開し、インドから中央アジアを経由して中国・朝鮮・日本へ、あるいは直接チベット・モンゴルなどの東北アジア一帯に広まった。このため、南アジアに広まった南伝仏教に対する北伝仏教とほぼ同じ意味で言われている。 

 その言語領域はサンスクリット・プラークリットのインド系言語から、中国周辺の漢字文化圏、チベットを中心とするヒマラヤ周辺地域のチベット語文化圏が主な地域であり、その様相は地域的な特徴を含み多様な形態を持つにいたっている。仏教が世界宗教といわれ
るのは、この大乗仏教の広がりと多様性によるものである。 

二、大乗仏教の成立とその背景
 
 ブッダ(紀元五~六世紀)滅後、百年から百五十年ほどたって、仏教教団は生活規定の問題に端を発して次第に分裂し、紀元前一〇〇年頃には二十前後の部派が生じていた。その間、各部派は緩やかな独立を保ちながら、それぞれの聖典(三蔵)を整備し、自派の教理体系の確立に努めた。宗教的実践や教団の運営は制度化され、それぞれの地方の王家や資産家の経済援助の下で、僧たちは僧院に定住し、学問と修行に専心することができた。そのために仏教の教団化と教理の体系化が成し遂げられたと言って良い。 

 しかし、専門家のための体系化された解脱への実践は現実的には困難なものであったし、深遠な教理は多くの人の良く理解できるものではない。このような高邁な宗教体系はしばしば形骸化する傾向にあった。加えて今は亡きブッダをどのように理解してゆくかは、残された仏教徒にとって大きな問題であった。
 
 このような伝統的な出家仏教の反省とブッダの死の克服から、出家と在家を巻き込みながら、ブッダの宗教性を見直す運動が紀元前後から起こってきた。彼らは古い信仰を再解釈し、あるいは新しい教えを提示しつつ、次々と大乗経典を生み出していった。それが大乗仏教運動である。
 
 しかし、大乗仏教の起源やその内容を厳密に確定するのは困難が伴う。その実態はどのようなものであったかは、歴史的・地域的な相違があり一概にはいえないが、少なくとも仏塔崇拝に端を発した経巻崇拝と深いつながりを持っていたこと、教理の上からは大衆部に類似した思想を多く持っていたことが指摘できる。おそらくは、大衆部のブッダ論、菩薩観、仏塔崇拝、修行道を核としつつ、有部等の教理を広範に取り込みながら、新たな自らの体系を構築していったのであろう。 

 彼らは大乗の諸仏・諸菩薩を礼拝し、大乗経典を聖典としていたが、大乗仏教の律蔵は存在しなかったから、大乗仏教の出家者は何れかの部派の僧団で出家受戒し、部派の僧院の中で生活していたのである。彼らが教団化してゆくのは、碑文によれば四世紀以降である。このころになって寄進する側とそれを受ける教団に大乗の名を記した資料が現れ始まることがその根拠である。 

三、仏塔崇拝とブッダ観の変遷 

 大乗仏教の発生は仏塔崇拝と仏身観の展開に深く関わっている。仏教徒はシャーキャムニ・ブッダの入滅後、その遺体を荼毘(だび)(火葬)の儀礼に付し、仏舎利は八カ所に分骨された。そこから仏塔(stūpa)が造られ、聖地巡礼が盛んになり、礼拜対象としての仏塔の数も次第に増えていった。仏塔は仏弟子の遺骨や遺物なども納められ、僧院の内外に設けられるようになった。やがて、仏塔を中心にする信者の集団も生まれ、そこに集まる信者のためにブッダへの信仰を説く専門的説法者も登場し、ブッダすなわち仏塔への信仰を説くようになる。ブッダの教え(法)を守る教団とは別に、ブッダ(仏)そのものへの崇拝が中心となり、その信仰は部派や出家者・在家者の区別なく一般信者の間にも広がるようになっていった。 

 また、ブッダは仏教のダルマ(真理)を覚知して、目覚めた人(ブッダ buddha)になったのであるから、ブッダの目覚めた真理やその教えこそが、ブッダという聖なる者を可能にしたとも言えるのである。教えこそがブッダの本質であるということから「教えからなるブッダ」という意味の法身(ほっしん)(dharma-kāya)という解釈が成立する。それは歴史的存在であるブッダを超え、ブッダの永遠性を確立すると同時に、現実の世界に現れる複数のブッダを想定する可能性を開いたのである。さまざまな衆生の救済のために、時や場所や機根に応じて現れる応身(おうじん)(nirmāna-kāya)という考え方や、ブッダとなるための因としての行(ぎょう)を積み、その報いとしての完全な功徳を備えた報身(ほうじん)(saḿhoga-kāya)という仏身観(三身説)なども大乗になって発展したものである。おそらく、それはヒンドゥー教の化身(avatāra)という考え方も影響していたものと思われる。こうして、今はなきブッダから、現前するブッダ(仏塔)、さらには他方世界に存在する複数のブッダの個性化といったブッダ観の変革が大乗仏教の興起と展開に大きく関わったのである。 

 このように大乗仏教は一仏世界から多仏世界へと変質していったが、それらを具体的にあげれば、西方の極楽(sukhāvatī)世界に住し、無限の寿命をもつ(amitāyus 無量寿)、あるいは無限の光明をもつ(amitābha 無量光)という阿弥陀仏が浄土教の教主としてよく知られる。その他、東方の浄瑠璃世界に住し、十二の大願を発し、衆生の病苦を除き、安楽を与えるとされる薬師(Bhaişajyaguru)仏、東方の妙喜(Abhirati)国の大目如来のもとで発願修行して成仏し、現に妙喜世界において説法するという阿閦(あしゅく)(Akşbhya)仏、欲界の第四天である兜率天に住む未来仏としての弥勒(Maitreya)仏、密教の教主でこれら十方諸仏を全体的に包括する法身仏である大日(Mahāvairocana)仏などが信仰されるようになる。 
 

 3. 大乗仏教の思想


一、菩薩の思想とその展開
 
 仏教徒はブッダへの憧憬(どうけい)や讃仰(さんぎょう)から、ブッダを次第に超人化し、神格化していった。ブッダの偉大な生涯は仏伝文学に描かれ、さらに大乗になると、悟りに向かって発心した者を「菩薩」と呼ぶようになる。ブッダの複数化はこのような菩薩の出現を予想しているのである。 

 そこでは出家者か在家者かを問わず、すべての者がブッダと同じ悟り anuttarāsamyaksambodhi- 無上正等覚(むじょうしょうとうがく)・阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんびゃくさんぼだい)に到達することができるとし、その目的に向かって発心するものをボーディサットヴァ(bodhisattva 菩提薩埵)、略して「菩薩」と呼ぶ。ボーディ(bodhi)とは「悟り」、サットヴァ(sattva)とは「衆生」という意味であるから、菩薩とは「悟りを求める人」と解釈されたのである。この意味では菩薩は普通名詞である。 

 ただし、菩薩の語はすでにブッダの前生物語である「ジャータカ」(Jātaka)文献で、成道する前のシャーキャムニ・ブッダの呼び名として用いられる。そこでは菩薩は前世にさまざまな善行を積んで、この世でブッダとなったと説かれる。そして、その転生を繰り返して修行を積むことによって、ブッダとなったとするとき、これら複数の菩薩はシャーキャムニの前生ではあるが、すでに複数のブッダの存在を想定していることになる(注1)。この意味ではジャータカ等の讃仏文献こそが普通名詞としての菩薩の複数化へ至る道を提供したと言える。いったん菩薩の普通名詞化が進めば、後はブッダが普通名詞として解釈されるのに長くはかからなかったであろう(注2)

 大乗経典では、それまでの一仏世界から、三世十方という時間的空間的広がりを持った世界観が確立し、多方面に広がった世界が意識される。それら他方仏国土において、それぞれのブッダが説法する姿が描かれ、多くの菩薩がそれぞれのブッダの教えを聴聞し、その中には将来ブッダになることを授記(予言)される菩薩も登場する。それは新たなブッダの誕生が告げられると同時に、次世代へと連綿として続く仏教世界の拡充をイメージしている。このようにして、シャーキャムニ・ブッダをモデルとしたブッダ観が変革し、菩薩観も大きな展開をすることになったのである。 

 このように、大乗においては、だれでも菩薩になれる可能性を生んだ。生きとし生けるものは悟りへの希求(菩提心)を起こすことによって菩薩となる。その心が重視されたのである。もちろん、部派仏教時代の文献でも菩薩はすでに声聞(しょうもん)・縁覚(えんがく)と並んで三乗の一つとして述べられるが、そこでは前生の業によって生まれた〈業生(ごっしょう)の菩薩〉という完全な福徳を備えた存在である。これに対して大乗では、すでに成道することは確定しているが、利他の誓願をおこして、敢えてこの世に生まれた〈願生(がんしょう)の菩薩〉と見なされる。このような世のため人のために実践(慈悲・利他行)し、すすんでは悟りの真理によって現実社会の浄土化(浄仏国土)に努めるという姿勢を、「上求菩提・下化衆生」という。これが大乗の菩薩の特性なのである。 

 大乗経典には、観音、文殊、普賢、地蔵、虚空蔵、日光、月光をはじめとして、数え切れないほど多くの固有の菩薩も登場する。大乗経典はこれらの菩薩を対論者として、慈悲にもとづく大乗の修行道によって悟りに向かうべきことを呼びかけたのである。 

 以上のように、大乗仏教とは菩薩道、すなわちブッダになるための道の再編成であり、その教えを様々に説く経典を提示してゆく仏教運動であったといえる。 

二、大乗仏教の思想的特色 

 大乗の原語はマハーヤーナ(mahāyāna)というが、それは大きな(mahā)乗り物(yāna)の意味で、劣小な乗り物(hīnayāna 小乗)に対する。自分自身の悟りよりも広く一切の衆生を救おうという利他行の立場を、悟りという究極の目標に向かって進む乗り物に喩えたのである。 

 しかし、最初には「ヒーナヤーナ」(hīna-yāna)という語はあまり用いられず、劣った信解を意味する「ヒーナ・アディムクティ」(hīna-adhimukti,-adhimukta,-adhimuktika)などと言われていた。従来の伝統的な仏教は「煩悩を断って修行者の最高の位である阿羅漢位を得ること」を目指していた。しかし、それに満足しない一部の仏教徒が、それらについて出家者を中心とする自己の悟りのみを目標とする「信解(しんげ)の劣った[者の]道」と断じ、自己の立場を大乗と呼び、その優位性を主張したのである。 
 大乗は従来の修行者の階梯である預流(よる)・一来(いちらい)・不還(ふげん)・阿羅漢(四向四果(しこうしか))といった声聞(しょうもん)や独覚(どっかく)(=縁覚)の境地に満足してはいけない。そこに結びつく教え(経典)によっては完全な覚りに到達することはできない。大乗の教えによってのみ一切智を獲得し、完全な涅槃に到ることができるとしたのである。 

 その思想的根拠となったのは「般若経」などで説かれる「空」思想である。従前の仏教が五蘊(ごうん)の無常や無我を説き、解脱に至る道を示したのと同様に、大乗では一切のものは縁起していることから空であり、これに基づいた廻向(えこう)や救済の思想を提示し、出家者のみでなく、悟りを希求するすべての人に対して開かれた教えを説いた。 
 この空という語シューニャ(śūnya)は空虚であり、実体性がないという、「もの」のあり方を表現する語であるが、それによってすべてが成立する根拠にもなる。それはこの語が数学のゼロを意味するように、この単位があることによって大きさが計れる中心軸のような意味でもある。この語は初期の仏典でも用いられていたが、この考え方を再評価し、存在論の基盤とした点に大乗の特色が見られる。 
 

(注1)複数のブッダは最初期の仏典として知られる『スッタニパータ』(第八一、八五、八六、三八六、五二三偈)にすでに見られるように、誰でも解脱してブッダになれるというのが、本来の仏教であった。それが部派仏教の時代になって、ブッダを神聖視し、特別視するようになり、その結果ブッダはシャーキヤムニ、過去の六仏、未来の弥勒仏のみに限定されるようになったのである。その意味で大乗はむしろ最初期の仏教の考え方に近い。過去七仏とは、かつてこの世に現れたといわれる七仏。ゴータマ・ブッダすなわち釈迦牟尼仏(Śākyamuni)と、かれ以前に現れたとされる六人の仏たちを併せていう。七人とは、順に①毘婆尸仏(Vipaśyin)、②尸棄仏(Śikhin)、③毘舎浮仏(Viśvabhū)、④拘留孫仏(Krakucchanda)、⑤拘那含牟尼仏(Kanakamuni)、⑥迦葉仏(Kāśyapa)、⑦釈迦牟尼仏の七仏をいう。 
 教え(法、ダルマ)は普遍的なものであり、釈尊以前のはるか遠い昔から、これらの諸仏によって順次説き継がれて来たものであるという。彼等が出現した時期は、古代インドの劫の時間論によって大別され、六仏のうち初めの三仏は、計り知れない遠い過去の住劫(荘厳劫)の末に出世し、それ以下の四仏は、現在の住劫(賢劫)に出世したといわれる。 
 「諸々の仏が通った古い道を自分も通って仏となったという自覚「諸仏が追求した(sammāsambuddhehi anuyāta)古い道、古い真っ直ぐな道とは何か。それは八正道である。これらをたどって過去の諸々の仏は仏となり、自分も仏となった」SN12ー65(vol.2, p.106) 

(注2)ジャータカの発達とそれが仏教思想の展開に与えた影響については、干潟龍詳『ジャータカ概観』パドマ叢書2、鈴木学術財団、一九七二:同『改訂増補版 本生経類の思想史的研究』山喜房仏書林、一九七八を参照されたい。 


4. 大乗経典について


一、大乗経典の概観 

 大乗経典を内容から区分すると、般若経系、法華経系、華厳経系、浄土教系、三昧系、涅槃経系、密教系経典に分けることができる。これを概観すると、最初の『般若経』は「空」の思想と、完全なる智慧の完成を中心とする六つの実践(布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧という六波羅蜜)が説かれ、多くは「陀羅尼品」と呼ばれる章をもち、経典の記憶と言語の神秘的力について語る。さらにはこの経典そのものが特別な力を持つ呪文(vidyā)であるという注目される思想を持つ。このことから、この経典の支持者たちは、仏塔崇拝から発展した経巻崇拝を行っていたものと思われる。 

 また、般若経の空説に基盤を持ちながら、讃仏思想や仏塔崇拝を継承し、さらに新しいブッダ観を打ち立てたのが『法華経』である。法華経の主題はシャーキャムニ・ブッダの入滅は方便であり、その本体は久遠実成(くおんじつじょう)の法身仏であるとした。さらに、苦悩する衆生世界という現実を離れる傾向となった教団の出家者である声聞や、個人的な悟りにのみ沈潜する縁覚の二乗者を小乗と批判しつつ、菩薩としての実践に帰一するべし(菩薩一乗)と強調する。 

 『華厳経』はブッダの内観の世界を表現したものであるが、そこでは「三界は虚妄にして但だ一心の作るところ」、あるいは「心は巧みな画師の如くであり、種々に五蘊を描く」と説かれるように、心の重視する傾向は深まり、禅定(ヨーガ)の瞑想の中で心と対象の関係を分析してゆく唯識派へと展開してゆく。
 
 浄土教は『阿弥陀経』、『無量寿経』、『観無量寿経』を根本経典(「浄土三部経」)とする。これらは法藏菩薩の発心に際して立てられた、衆生救済という誓願を、長久なる修行の結果実現した阿弥陀仏への信仰を説くものである。そして、法蔵菩薩の誓願の根底にあるブッダの慈悲を重視し、このブッダに専心して名を唱え(称名念仏)、そのブッダへの信仰によって同じ極楽世界へと往生することができることを説いた。 

 その他にも多くのテーマを持った大乗経典が次々と登場するが、そこに説かれる大乗仏教の特色をまとめると、おおよそ以下のようなものとなる。  

(1) 新しい諸仏と諸菩薩の出現 
(2) 諸仏の浄土と壮大な宇宙観の形成 
(3) 空の思想の強調 
(4) 六波羅蜜―特に般若波羅蜜を中心とする大乗の実践の体系化 
(5) 救済と慈悲の思想―利他行とそれに関する誓願 
(6) 廻向の新たな展開―布施等の善行の功徳を他者の悟りへと振り向ける
(7) 信の強調 
(8) 三昧の浄化―首楞嚴三昧をはじめとする一〇八三昧を強調 
(9) 自己のこころの追求―唯識思想 
(10)便すなわち手段の重視―法華経 
(11)ダーラニー(dhāranī 陀羅尼)の重視 


二、大乗経典の成立年代による分類
 
 これら大乗経典を成立の順にみると、初期、中期、後期の三つに区分される。初期とは紀元前後から西北インドのクシャーナ朝が栄える三世紀頃までで、南インドではアーンドラ(シャータヴァーハナ王朝)の支配した時代頃をさす。 

 初期大乗経典の主要なものは、『八千頌般若』・『二万五千頌般若』などの般若経系、『法華経』、『維摩経』、『華厳経』、『無量寿経』・『阿弥陀経』などの浄土教系、『般舟三昧経』、『首楞嚴三昧経』などの三昧系経典がある 。

 中期はグプタ王朝を中心とする四世紀から六世紀中頃までの三百~四百年間前後で、『解深密経』、『勝鬘経』、『如来蔵経』、『涅槃経』、『入楞伽経』、『金光明経』などがある。これらの経典は論書的な要素を持つ点に特色がある。すなわち、三昧中の心の分析を行い、深層の潜在識を見いだし、その心の転変に迷いから悟りへの転換を追求した唯識系や、心の本性は清浄であり、煩悩は外来的なものであること(自性清浄(じしょうしょうじょう)・客塵煩悩(きゃくじんぼんのう)説)を踏まえ、清浄な心が悟りという結果をもたらすものであることを明らかにした如来蔵系の経典がある。特に如来蔵経典は、悟りの根拠として、人間が如来の普遍性のうちにあることを説き、あらゆる人に成仏の可能性を認めたという点でその後の仏教に大きな影響を与えた。
 
 後期は東インドやベンガルで八世紀に勃興したパーラ朝から、一二〇三年にヴィクラマシラー寺院が破壊されてインド仏教が終焉を迎えるまでの約五百年間である。
 
 その中で七世紀後半に成立したとされる『大日経』と『金剛頂経』を中心に、『理趣経』、『秘密集会タントラ』、『時輪タントラ』などの密教系経典で占められる。 

 密教経典はマンダラ(mandala 曼荼羅)、マントラ(mantra 真言)、ムドラー(mudrā 印契)を組み合わせた実修法(yoga)を用いて、修行者と法身との合一を図るように儀礼性と象徴性を特色とする。密教経典はそれ以前の大乗経典と大きく内容を異にするために、これを大乗とは区別し、密教として別に立てることもある。
 
 したがって、菩薩の修行道を説く大乗仏教は、譬喩文学に起源をもつというのである。(終) 

般若経の種類 
(1) 小品系般若経―基礎的般若:『道行般若経』、『小品般若経』、『大明度経』、『八千頌般若』(Skt)など 
(2) 大品系般若経―拡大般若:『放光般若経』、『光讃般若経』、『大品般若経』、『一万八千頌般若』(Skt)、『二万五千頌般若』(Skt)など 
(3) 『十万頌般若』―梵蔵漢あり。漢訳は玄奘訳のみ 
(4) 『金剛般若経』梵蔵漢あり。羅什訳など漢訳八種 
(5) 『文殊般若経』―曼陀羅仙訳と僧伽婆羅訳と玄奘訳の漢訳三種 
(6) 『般若心経』梵蔵漢あり。発展的般若玄奘訳など漢訳八種 
(7) 『善勇猛般若経』―梵蔵漢あり。玄奘訳の漢訳一種 
(8) 『濡首般若経』―宋の翔公訳と玄奘訳の漢訳二種のみ 
(9) 『勝天王般若経』―月婆首那訳と玄奘訳の漢訳二種のみ 
(10)『開覚自性般若経』― 惟浄等による漢訳一種 
(11)『般若理趣経』―金剛智訳、不空訳など数種の類本(玄奘訳『大般 若経』では第十会に相当)  
(12)『一字般若経』―チベット語訳のみ 
(13)『帝釈般若経』―梵蔵漢(施護訳『帝釈般若波羅蜜多心経』) 
(14)『小字般若経』―密教的般若。梵・蔵訳と天息災の漢訳一種 
(15)『日蔵般若経』―チベット語訳のみ 
(16)『月蔵般若経』―チベット語訳のみ 
(17)『百八名般若波羅蜜多経』―梵・蔵訳と施護の漢訳『百八真実円義 陀羅尼経』 
(18)『仁王般若経』―羅什訳『仁王般若波羅蜜経』と不空訳『仁王護国 般若波羅蜜多経』の漢訳二種のみ 
(19)『大般若波羅蜜多経』―玄奘による漢訳、十六会、六〇〇巻。梵本断片
 
(渡辺章悟『般若心経―テクスト・思想・文化』大法輪閣より) 

このページの先頭へ