渡辺章悟先生

大乗仏教論「大乗仏教の菩薩とは」(第28期スクーリング講義録)

2015年9月10日 仏教文化176号

176-4.jpg

一、大乗仏教とは


 大乗仏教は仏滅後、およそ四、五百年経過した紀元前後に北西インドで起った。その頃、北西インドではクシャーン朝、南インドではアーンドラ王朝が勢力を拡大しつつ、比較的安定した時代に入っていた。この時代になって、仏教の形態や思想は大きな変化を遂げるようになった。

 それまでの仏教では、開祖シャカムニ・ブッダの崇拝がおこなわれていたが、大乗になると、たくさんの仏(ブッダ)たちの信仰が生まれ、それらの仏が活躍する世界が説かれる。それに伴い、ブッダに到るための修行法や救済法が、長い時を経て確立していった。その間に、仏像が生まれ、祈りの形も多様になり、大乗仏教は多くの民衆の願いに応えていった。

 しかし、この大乗仏教がどうして成立したのかについては、実は学界でも定説はない。そこで、以下には現代の大乗仏教の姿を概観し、そこから歴史的な考察をしてみようと思う。


二、現代社会の大乗仏教


 『ブリタニカ百科事典二〇〇五年度版』(Encyclopædia Britannica)によれば、私たちの世界には仏教徒が約三億七,二九七万人いるといわれる。これは世界人口の約五・九%を占めているが、その割合は、キリスト教三二・九%、イスラム教一九・九%、ヒンドゥー教一三・三%についで、世界第四位の宗教ということになる(無宗教、中国系の民俗信仰を除く)。その仏教徒のうち、約二五〇万人が北アメリカに、一五〇万人ほどがヨーロッパに住んでいるが、大部分の約三億五千万人はアジアに住んでいる。仏教は一般的には、大乗仏教(北伝)と上座部仏教(南伝)とにわけられる。しかし、その教義や成立の時期、儀礼などが異なるため、大乗仏教から密教(タントラヤーナ)を別立てにすることもしばしばある。

 『ブリタニカ』もこのように分類をするが、その統計によれば、大乗仏教徒の人数は、仏教徒全体の五六%の二億一六〇万人、上座部仏教徒(小乗)は三八%の一億三,六八〇万人、密教(タントラ乗)が六%の二,一六〇万人で、このうち大乗仏教が広がったのは東アジアの漢訳文化圏であり、タントラ乗はヒマラヤ周辺諸国のチベット語文化圏である。

 しかし、驚くべきことに、日常的にサンスクリットの大乗仏典を読誦している地域も残っている。それは仏教の故地インドではなく、隣の国ネパールである。

 最近のインド仏教は、新仏教徒(ネオ・ブッディスト)として知られるが、彼らの信仰するのは上座部仏教であり、これにチベット系の人々により、タントラ乗の仏教がかろうじて信仰されているにすぎない。しかし、山間の辺鄙な地域のネパールでは、チベット仏教とともに、ヒンドゥー教と習合した独特の大乗仏教が守り続けられている。

 筆者はネパールの仏教寺院で、ヴァジュラ・アーチャールヤといわれる僧たちが、紺紙金泥の『八千頌般若経』を修復しているのを眼にしたし、寺に集まってくる僧たちと共に実際に手にとって読んだこともある。

 ネパール王国は最近になって政治体制が変わりつつあるようだが、王家の宗教はヒンドゥー教であり、信者の数も多い。しかし、その中でネワール仏教徒といわれる人々が仏教カーストを維持しながら、現在もサンスクリット語の大乗経典、それも「般若経」を読誦しているのである。世界中を見渡しても、日常的にサンスクリット語原典で大乗経典や密教経典を読誦しているのは、この地域だけであろう。


三、大乗仏教と般若経の思想的特色


 大乗の原語はマハーヤーナというが、それは大きな(マハー)乗り物(ヤーナ)の意味で、劣小な乗り物(ヒーナヤーナ・小乗)に対する。自分自身の悟りはともかくとして、広く一切の衆生を救おうという利他行りたぎょうの立場を、悟りという究極の目標に向かって進む乗り物に喩えたのである。

 その「大乗」という言葉を初めて用いたのは紀元前後に成立した「般若経」である。「般若経」によれば、従来の伝統的な仏教は「煩悩を断って修行者の最高の位である阿羅漢位あらかんいを得ること」を目指している。しかし、それは自己の悟りのみを目標とする「信解しんげの劣った[者の]道」と断じ、自己の立場を大乗と呼び、その優位性を主張したのである。

 大乗仏教徒は、従来の修行者の階梯である預流よる一来いちらい不還ふげん・阿羅漢(四向四果しこうしかといった声聞しょうもん独覚どっかく(=縁覚)の境地に満足してはいけない。そこに結びつく(小乗の)教えによっては、完全な覚りに到達することはできない。大乗の教えによってのみ一切智を獲得し、完全な涅槃に到ることができると主張する。「般若経」はその智慧を説くのである。

 そもそも「般若経」の正式名は、「般若波羅蜜経」(プラジュニャーパーラミター・スートラ)というが、それはまさに「完全なる智慧」を意味する。そのタイトルのように、あらたに、大乗としての智慧を明らかにしようとした経典なのである。この経典を嚆矢こうしとして大乗経典は陸続として登場する。
 それでは、なぜ大乗仏教が起こったのかを、インドの仏教史を概略しつつ考えてみたい。


四、アショーカ王の登場と部派仏教


 ブッダが亡くなってから百年ほどたった、紀元前三世紀の中ごろ、インド歴史上において最も有名なアショーカ王が登場する。

 アショーカ王は即位してから八年後に東インドのカリンガを征服した。王はその戦争によって生じた悲惨な結果を悔恨し、仏教に帰依し、武力による征服から法(ダルマ)による征服へと政策を転換したとされる。仏教はこの王のもとで、急速に発展した。

 このアショーカ王の時代に、仏教は金銭の授受を始めとする生活規定の問題に端を発して、上座部と大衆部に分裂した。その後、三百年間ほどは地域に根ざした仏教が広がり、十八部、あるいは二十の部派になった。

 大乗仏教はこのような部派の仏教の中から起こるが、そもそも当時の仏教は、ブッダについて、以下のような基本となる教理をもっていた。

(一)ブッダの唯一性
 この世界には一時に一人のブッダ(仏)しか現れない。シャカムニ仏の時代には、シャカムニだけがこの世の中のブッダなのである。つまり、ブッダが同時代、同じ世界に複数存在することはない。

(二)ブッダが出現する時期
 あるブッダと次のブッダとの間には、ブッダの存在しない時期がある。現在もそのような時代である。漢訳「長阿含」『轉輪聖王修行経』や、パーリ文「長部経典」『転輪師子吼経』などに見られるように、我々の世界はシャカムニ仏の時代から、この無仏の時代を経て、次に登場するブッダが弥勒とされる。

(三)ブッダになるための誓願
 我々がブッダになるためには前世で過去のブッダに出会い、その面前で誓いを立てなくてはならない。「私も将来仏になりたい」と誓願した者のみがブッダになる。
 この三つの基本的な原則は、すでに部派仏教で確定されていた。しかし、この原則による限り、我々が仏(ブッダ)になることはきわめて困難となる。ブッダになるためには、気の遠くなるような修行の成果が求められる。実際には出家者にとっての最高の目標はブッダになるのではなく、阿羅漢あらかんになることであった。


五、一仏から多仏へ


 このブッダに対する考え方の変化が、大乗が起こる大きなファクターとなった。つまり、さきの伝統的なブッダ観がある限り、我々は仏になることはできない。しかも、出家して阿羅漢を目指すことができる者はよいが、出家の機縁を持てない人にとって、救いはないのか、という考えが民衆の間で強くなっていく。そして、出家して阿羅漢になるのではなくて、そのまま仏になりたいという願いがだんだん強くなり、その中で大乗仏教が現れるのである。

 それでは、先の三原則を守った上で、我々が仏になるにはどのような世界を考えたらよいのだろうか。

 我々の住んでいる世界は一つのユニットとして存在している。しかし実は宇宙にはそれとまったく同じ形態の世界が無限に広がっている。その数は千の三乗あるといわれていることから、これを三千大千世界という。

 この一つずつの世界に、先の三つの原則を適応すると、ある時代には一人のブッダしか現れないが、世界が無限にあるのだから、まさに今、仏が現れている世界が必ずどこかにあるはずだ。その仏の現れている世界に行くことが出来れば、我々はそこで自分自身が仏になるという保障を得ることが出来る。こうした世界の広がりが、複数のブッダの出現を可能にしたのである。


六、仏塔崇拝とブッダ観の変遷


 また、大乗仏教の発生は仏塔崇拝と仏身観の展開に深く関わっている。仏教徒はシャカムニ・ブッダの入滅後、その遺体を荼毘だび(火葬)に付し、仏舎利は八カ所に分骨された。そこから仏塔(ストゥーパ)が造られ、そこを聖地として巡拝する信仰が盛んになった。仏教徒は仏塔をシャカムニ・ブッダの象徴として、礼拜したのである。

 当時は仏塔には仏弟子の遺骨や遺物なども納められ、僧院の内外に設けられるようになり、仏塔の数も次第に増えていった。

 やがて、仏塔を中心にする信者の集団も生まれ、そこに集まる信者のためにブッダすなわち仏塔への信仰を説く専門的説法者も登場した。そこではブッダの教え(法)を守る教団とは別に、ブッダ(仏)そのものへの崇拝が中心となり、その信仰は部派や出家者・在家者の区別なく一般信者の間にも広がるようになっていった。

 これを教理的にとらえると、「ブッダは仏教のダルマ(真理)を覚知して、目覚めた人(ブッダ)になった。そうであれば、ブッダの目覚めた真理やその教えこそが、ブッダという聖なる者を可能にした」とも言えるのである。

 大乗特有の三身説も同様である。まず最初に、教えこそがブッダの本質であるということから「教えからなるブッダ」という意味の法身ほっしんという解釈が成立する。それは歴史的存在であるブッダを超え、ブッダの永遠性を確立すると同時に、現実の世界に現れる複数のブッダを想定する可能性を開いた。

 次にさまざまな衆生の救済のために、時や場所や機根に応じて現れる応身おうしんという考え方や、ブッダとなるためのぎょうを積み、その報いとしての完全な功徳を備えた報身ほうしんという仏身論(三身説)へと発展した。おそらく、それはヒンドゥー教の化身(アヴァターラ)という考え方も影響していたものと思われる。

 こうして、今はなきブッダから、現前するブッダ(仏塔)、さらには他方世界に存在する複数の個性的ブッダへといったブッダ観の変化が、大乗仏教が起こる直接的な契機となったのである。


七、大乗の菩薩とは


 ところで、ブッダの複数化は菩薩の複数化を予想している。そもそも菩薩は、シャカムニ・ブッダの前生であるから、多様なブッダの出現は、必然的に菩薩の複数化をもたらすのである。「菩薩」とは「ボーディサットヴァ」(菩提薩埵ぼだいさった)を、略して呼んだものであるが、その「ボーディ」とは悟り、「サットヴァ」とは衆生という意味である。したがって、菩薩とはシャカムニ・ブッダになる以前の「悟りを求める人」と解釈されたのである。

 現在も南方仏教で重視される仏典のジャンルに、ジャータカというものがあるが、これらはブッダの前生物語を集めたものである。ブッダを崇敬する人々は、ブッダの生涯やその前生についてさまざまな物語を生み出し、シャカムニ・ブッダの菩薩時代の修行を讃えた。修行時代の菩薩という考えは、人々に菩薩を身近な存在としたし、それが彼ら自身の悟りへの意欲と菩薩としての自覚を促した。それは日常生活の信仰が、菩薩の実践と結びついたためである。このような思潮のなかで、実際にブッダに追随して成仏をめざす人々が菩薩と言われるようになる。この意味ではジャータカ等の讃仏文献こそが、菩薩の複数化へ至る道を提供したと言える。

 次の大乗の段階になると、それまでの一仏世界から、三世十方という時間的空間的広がりを持った世界観が確立し、多方面に広がった他方仏国土において、それぞれのブッダが説法する姿が描かれ、多くの菩薩がそれぞれのブッダの教えを聴聞する。その中には将来ブッダになることを授記(予言)される菩薩も登場する。

 それは新たなブッダの誕生が告げられると同時に、次世代へと連綿として続く仏教世界の拡充をイメージしている。このようにして大乗では、だれでも菩薩になれることを強調する。生きとし生けるものは悟りへの希求(菩提心)を起こすことによって菩薩となる。つまり、ここで悟りたいという心が重視されたのである。

 もちろん、部派仏教時代の文献でも菩薩はすでに声聞しょうもん縁覚えんがくと並んで三乗の一つとして述べられるが、そこでは前生の業によって生まれた業生ごっしょうの菩薩〉という完全な福徳を備えた存在である。これに対して大乗では、すでに成道することは確定しているが、利他の誓願をおこして、敢えてこの世に生まれた願生がんしょうの菩薩〉と見なされる。このような世のため人のために実践(慈悲・利他行)し、すすんでは悟りの真理によって現実社会の浄土化(浄仏国土)に努めるという姿勢を、後代になって上求菩提じょうぐぼだい下化衆生げけしゅじょうといった。まさにこれが大乗の菩薩の特性なのである。


八、大乗の仏と菩薩


 このように大乗仏教は一仏の世界から多仏の世界へと変質していったが、それを説いたのが、『般若経』をはじめ、『法華ほけ経』、『維摩ゆいま経』、『華厳けごん経』、『無量寿むりょうじゅ経』と言った大乗経典である。

 それらを具体的にあげれば、西方の極楽(スカーヴァティー)世界に住し、無限の寿命をもつ(アミターユス 無量寿)、あるいは無限の光明をもつ(アミターバ 無量光)という阿弥陀仏が浄土教の教主としてよく知られる。その他、東方の浄瑠璃じょうるり世界に住し、十二の大願を発し、衆生の病苦を除き、安楽を与えるとされる薬師やくし(バイシャジャグル)仏、東方の妙喜みょうき(アビラティ)国の大目如来のもとで発願修行して成仏し、現に妙喜世界において説法するという阿閦あしゅく(アクショービヤ)仏、欲界の第四天である兜率天とそつてんに住む未来仏としての弥勒みろく(マイトレーヤ)仏、密教の教主でこれら十方諸仏を全体的に包括する法身仏である大日だいにち(マハーヴァイローチャナ)仏など多くの仏が信仰されるようになる。この仏たちの信仰が、紀元前後のインドで花開いたのである。

176-5.jpg
 また、大乗経典には、これら観音、文殊、普賢、地蔵、虚空蔵、日光、月光をはじめとして、数え切れないほど多くの固有の菩薩も登場する。こうして大乗経典は多様な諸仏を教主としつつ、これらの菩薩を対論者として、慈悲にもとづく大乗の修行道によって悟りに向かうべきことを呼びかけたのである。

 以上のように、大乗仏教とは菩薩道、すなわちブッダになるための道の再編成であり、その教えを様々に説く経典を提示してゆく仏教運動であったといえる。

九、大乗仏教の興起と「般若経」


 私たちは日頃『般若心経』などを読誦したり、観音さまや阿弥陀仏にお祈りをして、苦しみからの救済や、厄災を消除して、安寧なることを祈るが、それにはどのような意味があるのだろうか。はたしてそれは可能なのだろうか。このことを考えるには、大乗仏教について、もう少し知っておく必要があるだろう。

 大乗仏教はいわゆる小乗仏教と異なり、多くの仏・菩薩への信仰を説く。それは、今はなきシャカムニ仏以外にも超越的な存在がいて、われわれを救って下さるというものである。この世界を越えた外の世界にいる超越的な存在、それが阿閦であり、阿弥陀であり、毘盧遮那であり、薬師であり、大日であった。

 大乗仏教では、それらの超越的な存在と、いかに交信するか、超越的存在がどのようにわれわれを救済してくれるのか、その方法やメカニズムを追求するのが修行の目的になる。
 そのための方法とは、三昧であり、祈りであり、念仏であり、儀礼であるなど、実に多様である。また、六波羅蜜にしても、出家ばかりでなく、在家の日常生活でも実践できるものといえる。このように、私たちは、誰でも仏や菩薩などの超越的存在と交信できるという宗教体系を手にしている。それが大乗の経典に説かれた内容と言えるだろう。

■大乗経典の成立と展開
 大乗仏教は紀元前後に起こったが、「般若経」を発端として、次々に大乗の立場から新しい経典を生みだしていった。まさに大乗は新しい経典を形成する運動として始まったのである。これらの大乗経典を成立の順にみると、初期、中期、後期の三つに区分される。

〈大乗経典の区分〉

(一)初期大乘経典(紀元前後~三世紀頃)
  a.般若経典群―空と六波羅蜜、維摩の不二法門
  『八千頌般若』、『二万五千頌般若』、『維摩経』
  b.法華経典群―一乗思想、久遠実成の釈迦牟尼仏
  『法華経』、『不退転法輪経』
  c.華厳経典群―毘盧遮那仏の悟りの世界の顕現、菩薩の十地
  『華厳経』、『十地経』、『入法界品』
  d.浄土経典群―阿弥陀信仰、極楽世界
  『無量寿経』、『阿弥陀経』
  e.三昧系経典
  『般舟三昧経』、『首楞嚴三昧経』、『慧印三昧経』

(二)中期大乘経典(四世紀~六世紀)
  a.〈第一期〉(四世紀~)
  『勝鬘経』の如来蔵思想、『涅槃経』の悉有仏性・法身常住思想、『解深密経』・『入楞伽経』の唯心と如来蔵
  b.〈第二期〉(五世紀~)
  『薬師如来本願経』、『地蔵菩薩本願経』、『金光明経』の三身説

(三)後期大乘経典〈密教〉(七世紀~十三世紀初)
  a.『大日経』、『金剛頂経』、『理趣経』
  b.その他の密教経典、『秘密集会タントラ』、『時輪タントラ』

 ここでいう初期とは、大乗仏教が興起した紀元前後から、西北インドのクシャーナ朝が栄える三世紀頃までで、南インドではアーンドラ(シャータヴァーハナ王朝)の支配した時代頃をさす。

 初期大乗経典の主要なものとしては、『八千頌般若』・『二万五千頌般若』などの般若経系、『法華経』・『不退転法輪経』などの法華経系、『華厳経』・『十地経』・『入法界品』などの華厳経系、『無量寿経』・『阿弥陀経』などの浄土教系、『首楞嚴三昧経』、『般舟三昧経』などの種々の三昧を中心に説く経典(三昧系)がある。

 これらの特徴を簡単に述べると、般若系は空と六波羅蜜という菩薩の実践を力強く、直感的に説き、法華系は永遠のブッダと一乗思想を比喩によって文学的に説く。華厳系では、毘盧遮那仏の覚りが顕現した内的世界観と十地という菩薩の実践階梯を説き、浄土系は誓願と念仏からなる阿弥陀信仰とその仏国土である極楽世界を説く。三昧系の経典は、首楞嚴三昧、慧印三昧、念仏三昧、般舟三昧などを説き、三昧が大乗の主要なテーマとなったことが窺える。これらが後の大乗の発展に決定的な影響を与えた。

 中期はグプタ王朝を中心とする四世紀から六世紀頃までの約三〇〇年間で、『解深密経』、『勝鬘経』、『如来蔵経』、『涅槃経』、『入楞伽経』、『金光明経』などがある。これらの経典は唯識や如来蔵という論書的な要素を持つ点に特色がある。すなわち、一部の修行者は三昧のなかで心を見つめ、そこに深層の潜在識を見いだした。そして、心の変化を追求した結果、心の転変が迷いから悟りへの転換となることを確信する。それを説くのが唯識系の経典である。また、心の本性は清浄であり、煩悩は外来的なものであること(自性清浄・客塵煩悩説)を踏まえ、清浄な心が悟りという結果をもたらすものであることを明らかにしたのが如来蔵系の経典である。特に如来蔵経典は、悟りの根拠として、人間が如来の普遍性のうちにあることを説き、あらゆる人に成仏の可能性を認めたという点でその後の仏教に大きな影響を与えた。

 後期は東インドやベンガルで七世紀から始まるが、八世紀に勃興したパーラ朝の時代が中心となり、一二〇三年にヴィクラマシラー寺院が破壊されてインド仏教が終焉を迎えるまでの約五百年間である。

 その中で七世紀に成立したとされる『大日経』と『金剛頂経』を中心に、『理趣経』、『秘密集会タントラ』、『時輪タントラ』などの密教系経典が登場する。

 密教経典はマンダラ(曼荼羅)、マントラ(真言)、ムドラー(印契)を組み合わせた実修法(ヨーガ)を用いて、修行者と法身との合一を図るように、儀礼性と象徴性を特色とする。ただし、前回に述べたように、密教経典はそれ以前の大乗経典と大きく内容を異にするために、これを大乗とは区別し、密教(タントラ乗)として別に立てることもある。

■初期大乗経典について
 大乗経典をさらに内容から区分すると、[一]般若経系、[二]法華経系、[三]華厳経系、[四]浄土教系、[五]三昧系、[六]涅槃経系、[七]密教系経典の七種類になるが、そのうち初期大乗は最初の五種に見ることができ、さらにその系統自体も中期から後期へと発展してゆく。

 まず、[一]般若経系の『道行般若』に初めて〈大乗〉の語が用いられ、声聞・縁覚という伝統的な修行者の実体的な考え方に対する批判が、菩薩の教えとして語られる。また、仏塔崇拝にもとづく経巻の崇拝が強調されるなど、新しい仏教運動の中核となった。

 本経には「空」と、「智慧の完成」を中心とする六つの実践(布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧という六波羅蜜)が主要なテーマとなる。多くは「陀羅尼品」と呼ばれる章をもち、ダーラニー(陀羅尼)による経典の記憶と言語の神秘的力について語る。さらには、この経典そのものが特別な力を持つ呪文(ヴィディヤー明呪)であるという注目される思想が見られ、これが『般若心経』のマントラ([神]呪)につながる。

176-7.jpg
 また、般若経の空説に基盤を持ちながら、讃仏思想や仏塔崇拝を継承し、さらに新しいブッダ観を打ち立てたのが『法華経』である。

 [二]法華経系の主題は、シャーキャムニ・ブッダの入滅は方便であり、その本体は久遠実成の法身仏であるとする。さらに、苦悩する衆生世界という現実を離れる傾向となった教団の出家者である声聞や、個人的な悟りにのみ沈潜する縁覚の二乗者を小乗と批判しつつ、菩薩としての実践に帰一するべし(菩薩一乗)と強調する。

 [三]華厳系は、『華厳経』に大成される。『華厳経』はブッダの内観の世界を表現したものである。その教主毘盧舎那の悟りの世界は密教の大日を教主とする曼荼羅世界へと展開する。また、一方では「三界は虚妄にして但だ一心の作るところ」、あるいは「心は巧みな画師の如くであり、種々に五蘊を描く」と説かれるように、心を重視する傾向が深まり、やがて禅定(ヨーガ)の瞑想の中で心と対象の関係を分析してゆく唯識派へと展開してゆく。

 [四]浄土教系は『阿弥陀経』、『無量寿経』、『観無量寿経』を根本経典(浄土三部経)とする。これらは法藏菩薩の発心に際して立てられた、衆生救済という誓願を、長久なる修行の結果実現した阿弥陀仏への信仰を説くものである。そして、法蔵菩薩の誓願の根底にあるブッダの慈悲を重視し、このブッダに専心して名を唱え(称名念仏)、そのブッダへの信仰によって同じ極楽世界へと往生することができることを説いた。

 [五]三昧系の経典には『般舟三昧経』、『首楞嚴三昧経』、『慧印三昧経』がある。これらにはあまり共通する思想は見られないが、三昧という手段によって、この世界において他方世界の仏菩薩に直面したり、教えを聴聞することを説く点が一致する。(終)

このページの先頭へ