渡辺章悟先生

大乗仏教論「大乗仏教の成立と菩薩運動」(第30期スクーリング講義録)

2017年12月10日 仏教文化188号

はじめに―大乗仏教はどのように成立したのか―

188-4.jpg 大乗仏教は仏滅後、およそ四、五百年経過した紀元前後にインドで起った新しい仏教運動である。その頃、北西インドではクシャーン朝、南インドではアーンドラ王朝が勢力を拡大しつつ、比較的安定した時代に入っていた。この時代になって、仏教の形態や思想は大きな変化を遂げるようになった。従来の伝統仏教では単数であったシャーキャムニ・ブッダから、あらたに複数の諸仏・諸菩薩の信仰が生れ、それら諸尊が活躍する場としての世界観の組織化が行われた。それに伴い、ブッダに到る修行法の多様化や修行階梯の再編が長い時代を経て確立していった。その革新運動は、新しい大乗経典の成立という形で、多種多様な教えとなって展開し、インドから中央アジアを経由して中国・朝鮮・日本へ、あるいは直接チベット・モンゴルなどの東北アジア一帯に広まった。このため、南アジアに広まった南伝仏教に対する北伝仏教とほぼ同じ意味で言われている。

 その言語領域はサンスクリット・プラークリットのインド系言語から、中国周辺の漢字文化圏、チベットを中心とするヒマラヤ周辺地域のチベット語文化圏が主な地域であり、その様相は地域的な特徴を含み多様な形態を持つにいたっている。仏教が世界宗教といわれるのは、この大乗仏教の広がりと多様性によるものである。


一、 アショーカ王の登場と部派仏教

 ブッダが亡くなってから百年ほどたった、紀元前三世紀の中ごろ、インド歴史上において最も有名なアショーカ王(治世BC二六八―二三二)が登場する。アショーカ王は即位してから八年後に東インドのカリンガを征服した。王はその戦争によって生じた悲惨な結果を悔恨し、仏教に帰依し、武力による征服から法(ダルマ)による征服へと政策を転換したとされる。仏教はこの王のもとで、急速に発展した。このアショーカ王の時代に、仏教は金銭の授受を始めとする生活規定の問題に端を発して、「上座部」と「大衆部」に分裂した。これを根本分裂と呼ぶ。その後、三百年間ほどは地域に根ざした仏教が広がり、十八部、あるいは二十の部派になった。

 大乗仏教はこのような部派の仏教の中から起こるが、そもそも当時の仏教は、ブッダについて、以下のような基本となる教理をもっていた。

(一) ブッダの唯一性
 この世界には一時に一人のブッダ(仏)しか現れない。シャカムニ仏の時代には、シャカムニだけがこの世の中のブッダなのである。つまり、ブッダが同時代、同じ世界に複数存在することはない。

(二) ブッダが出現する時期
 あるブッダと次のブッダとの間には、ブッダの存在しない時期がある。現在もそのような時代である。漢訳「長阿含」『轉輪聖王修行経』や、パーリ文「長部経典」『転輪師子吼経』などに見られるように、我々の世界はシャカムニ仏の時代から、この無仏の時代を経て、次に登場するブッダが弥勒みろくとされる。

(三) ブッダになるための誓願
 我々がブッダになるためには前世で過去のブッダに出会い、その面前で誓いを立てなくてはならない。「私も将来仏になりたい」と誓願した者のみがブッダになる。

 この三つの基本的な原則は、すでに部派仏教で確定されていた。しかし、この原則による限り、我々が仏(ブッダ)になることはきわめて困難となる。ブッダになるためには、気の遠くなるような修行の成果が求められる。実際には出家者にとっての最高の目標はブッダになるのではなく、阿羅漢あらかんになることであった。



二、大乗仏教はどのように起こったのか

(一) 大乗という概念

 大乗の原語はマハーヤーナというが、それは大きな(マハー)乗り物(ヤーナ)の意味で、劣小な乗り物(ヒーナヤーナ・小乗)に対する。自分自身の悟りはともかくとして、広く一切の衆生を救おうという利他行りたぎょうの立場を、悟りという究極の目標に向かって進む乗り物に喩えたのである。

 その「大乗」という言葉を初めて用いたのは紀元前後に成立した「般若経」である。「般若経」によれば、従来の伝統的な仏教は「煩悩を断って修行者の最高の位である阿羅漢位あらかんいを得ること」を目指している。しかし、それは自己の悟りのみを目標とする「信解しんげの劣った[者の]道」(小乗)と断じ、自己の立場を大乗と呼び、その優位性を主張したのである。

 大乗仏教徒は従来の修行者の階梯である預流よる一来いちらい不還ふげん・阿羅漢(四向四果しこうしか)といった声聞しょうもん独覚どっかく(=縁覚)の境地に満足してはいけない。そこに結びつく(小乗の)教えによっては、完全な覚りに到達することはできない。大乗の教えによってのみ一切智を獲得し、完全な涅槃に到ることができると主張する。

(二) 大乗仏教成立のための三つの要素

 大乗仏教はどのように起こったのだろうか。それを纏めると以下のようになる。

《大乗仏教成立のための三つの要素》
〔一〕ブッダ観と世界観の発達
①ジャータカと仏伝文学(讃仏乗)の成立
②授記と誓願思想
③仏陀観の発展(一仏世界から三世十方の諸仏の世界へ)
 〈仏伝の成立→過去仏(燃燈仏)→未来仏(彌勒仏)→現在他方仏(阿弥陀・阿閦)〉

〔二〕仏塔信仰の展開→仏陀崇拝
①舎利崇拝からの発展
② 出家と在家を区別しない
③ 仏身観の発達

〔三〕菩薩思想の展開
①利他的な教理―上求菩提じょうぐぼだい下化衆生げけしゅじょう
②すべての人が菩薩になりうると説く。
四弘誓願しぐせいがん(注1 )

(三) 一仏から多仏へ

 まず、ブッダに対する考え方の変化が、大乗が起こる大きなファクターとなった。つまり、さきの伝統的なブッダ観がある限り、我々は仏になることはできない。しかも、出家して阿羅漢を目指すことができる者はよいが、出家の機縁を持てない人にとって、救いはないのか、という考えが民衆の間で強くなっていく。そして、出家して阿羅漢になるのではなくて、そのまま仏になりたいという願いがだんだん強くなり、その中で大乗仏教が現れるのである。
 それでは、先の三原則を守った上で、我々が仏になるにはどのような世界を考えたらよいのだろうか。我々の住んでいる世界は一つのユニットとして存在している。しかし実は宇宙にはそれとまったく同じ形態の世界が無限に広がっている。その数は千の三乗あるといわれていることから、これを三千大千世界(注2)という。
 この一つずつの世界に、先の三つの原則を適応すると、ある時代には一人のブッダしか現れないが、世界が無限にあるのだから、まさに今、仏が現れている世界が必ずどこかにあるはずだ。その仏の現れている世界に行くことが出来れば、我々はそこで自分自身が仏になるという保障を得ることが出来る。こうした世界の広がりが、複数のブッダの出現を可能にしたのである。


(注1) 四弘誓願:あらゆる仏・菩薩がおこす次の四つの誓願をいう。①衆生無辺誓願度。数かぎりない人びと(衆生)をさとりの彼岸に渡そうという誓願。②煩悩無尽誓願断。尽きることのない煩悩を滅しようという誓願。③法門無量誓願学(もしくは誓願知)。量り知ることのできない仏法の深い教えを学びとろうという誓願。④仏道無上誓願成。無上のさとりを成就したいという誓願。仏・菩薩の決意した心を示したもの。語句には若干の異同が存するが、原型は『心地観経』(功徳荘厳品)に見られ、定型的なものは天台大師智顗の『摩訶止観』(10下)に見られる。古来、菩薩の整理・要約された誓願として〈総願〉と称し、口に唱えられた。なお、真言宗では五大願とする。

(注2) 三千大千世界:古代インド人の世界観による全宇宙。須弥山(Sumeru)を中心としてその周囲に四大洲があり、そのまわりに九山八海がある。これがわれわれの住む一須弥世界で、上は色界(→三界)の初禅天から、下は大地の下の風輪にまで及ぶ範囲をさす。この一つの世界を千集めたのを小千世界という。さらにこの小千世界を千集めた世界を中千世界といい、中千世界をさらに千集めたものを大千世界という。この大千世界は、大・中・小の三種の千世界から成るので〈三千大千世界〉(三つの千世界から成る大千世界)、略して〈三千世界〉〈三千界〉とも呼ばれる。したがって三千大千世界は千の三乗、十億の須弥世界から成り、これが一仏の教化する範囲であるといわれる。

(四) 授記と誓願

 また、すでにブッダがいない世界において、後世のわれわれが"いかにブッダになれるか"という根本的な問題を解決しようとするために生み出された思想が「授記と誓願」である。仏伝にはシャカムニ・ブッダがどのようにしてブッダになったのかが描かれているが、その話は、釈迦牟尼の前世の功徳が描かれている。その功徳の因縁によってブッダとなったと説くのだが、その前世の存在を菩薩(bodhi-sattva)と呼んだ。

 つまり、シャカムニ仏も我々と同じように輪廻を繰り返しながら、苦しんできたが、あるときディーパンカラ(燃燈仏)という仏に出会い、その説法を聞いて修行(善行)を積み重ねて、ブッダとなったと考えた。

 このときにスメーダという青年であった前世のシャカムニ仏は、燃燈仏の前で、燃燈仏と同じように仏になりたいので努力することを誓うのであるが、それが「誓願」である。それに対して燃燈仏が、「あなたは将来、サハー世界(娑婆)で、必ずやシャカムニという仏陀になる」という予言を与える。これが「授記」である。これにもとづいて仏陀になるための道を追求するのが菩薩である。

● 阿閦の授記
 この娑婆しゃば世界を去るはるか東方に、阿比羅提あひらだい(アビラティ Abhirati 妙喜・妙楽・善快)と名づける浄土があり、そこに出現した大目如来の教えを受けて、怒りを断じて悟りを得ようとの願いをおこし、長年にわたり功徳を積んだ結果、ついに成仏したのが阿閦仏であり、現に妙喜世界において説法するとされる(『阿閦仏国経』)
 法華経では前生は大通智勝如来の十六王子の一人とされる。

● ガンガデーヴィーの授記物語
 シャカムニがガンガデーヴィー(恒河提婆女)に対し、「菩薩はたとえ猛獣のいる荒野にあっても、決して怖れず、偉大な甲冑に身を固めて、一切衆生のために般若波羅蜜を完成すべきである」と説く。これに対して彼女が「必ずそうします」と答える。するとシャーキャムニは、「汝は将来、ターラコーパマ・カルパ(星宿劫)に、男の身体を得て、アクショーブヤ(阿閦)如来のアビラティ世界に生まれ、禁欲修行に励み、転生しながらさまざまな仏国土を遍歴し、正覚に至るまでの間、仏と離れることはないであろう」と授記する。
 その理由として、彼女は、過去世においてディーパンカラ如来(燃燈仏)のもとで「無上正等覚を得たい」という初発心の善根を植え、それを無上正等覚に廻向した。そして授記を願いながらディーパンカラ如来に黄金の花を撒き散らした。その時の善根力によって、この世で授記を得たのであるとする。(『八千頌般若』)

● 法蔵菩薩と阿弥陀如来
 久遠の昔、燃燈仏のいた時代をさらにたどる過去世に、世自在王せじざいおう仏が出現されたとき、一人の国王が説法を聞いて菩提心をおこし、王位を捨てて沙門となった。これが法蔵菩薩(ダルマーカラ:法蔵比丘)である。この菩薩は無上なる悟りを得ようと発心し、世自在王仏の前で、生きとし生ける者を救済するための本願(以前の誓願)として四十八願(梵本では四十七願)をたて、五劫という途方もなく長い間修行を重ね、ついにその誓願と修行を成就して、いまから十劫というはるか以前に仏となった。この仏が阿弥陀仏であり、ここより西方の十万億仏土を過ぎた安楽(極楽:スカーバティー、「楽のあるところ」の意)という世界(浄土)において、現在も教えを説いているとされる。(『無量寿経』)

 このように、燃燈仏授記の物語はブッダ修行の原典として大乗経典に採用され、さらにそれをさまざまな形に援用してゆくのである。また、大乗経典はそのために成仏のための実践を提示してゆくが、それが利他行であり、六波羅蜜、誓願、十地などという菩薩の階梯の実践である。要するに菩薩の修行道を中心にまとめられたのが大乗仏教経典なのである。


三、法滅と授記の形式

 法滅思想とは「ブッダの説かれた正しい教え自体も〈無常〉の例外でなく、その伝統はやがて滅してゆく」という悲観的な仏教史観と見なされる。

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熱のこもった講義風景
 一方、授記とは「面前のブッダが修行者に対し、〈未来の世において必ず仏となること〉を予言し、保証を与えること」である。従来この二つは、発生も展開も別々に議論されているようであるが、初期大乗経典による限り、しばしば同じ文脈で説かれており、一つの意図を持っていると考えられる。そして、この二つの思想が大乗仏教の成立に不可分であり、その成立にとって最も有効な手だてとなっていることを、初期大乗経典の代表として、般若経の中でそれを確認しておきたい。

 まず、ここでいう「法滅」は正法滅尽(saddharma-vipralopa)とも言われ、文字通り正しい教えが滅することである。これは初期仏教から大乗経典に至るまで、一貫して説かれているが、初期経典では、それは仏教徒の信仰態度とのみ関係している。四衆が怠惰で、三宝などを敬わなければ、正法は滅びて像法が栄えるが、三宝等を敬い、それらに従えば、正法は滅びないと言われているからである。

 それに対して、初期の大乗経典では、ブッダの入滅した後、五百年たってその教え(正しい教え)が消滅してしまうという、仏教の存続を危ぶむ表現なのである(注3)。しかし、大乗の法滅思想では、正法が滅びつつある時にこそ、〔新しい〕正法(大乗仏教)の教えを信仰し、実践する菩薩が出現すると説く。その菩薩たちは、智慧によって善根を積む。その智慧の源が般若経典というわけである。こうして般若経典では、法滅思想と大乗仏教の確立が、密接に関わって説明される。

 次に「授記」であるが、これも初期経典から存在する概念で、三宝などを重んじる仏弟子は、自分の運命を自由に定めることができるとされる。大乗経典でもこの思想は受け継がれるが、「法滅」と同様に、般若経典では三宝への尊崇はそれほど重視されない。重要なのは正法の解釈、つまり「釈尊から伝えられた法(小乗仏教)」を「新しく解釈された正法(大乗仏教)」と読み替え、その伝達を授記という形態で説くことである。

 また、般若経典ではこの経典に基づいた智慧によって善根を積む菩薩を、過去の無数の善根によって、今世で正法(般若経典)を聴くことができた菩薩とする。これは燃灯仏が前世の釈尊に授記を与えたのと同じように、過去の善因による未来の果という構図を持っている。初期のブッダの教えが廃れようとしている時代に、勝れた智慧を持つ菩薩が現れ、仏の神秘的な加護のもとに活動する。それは過去の善業の成果なのである、という授記の内容は、当時の大乗経典を信じようとした人々に勇気を与えるものであった。

 ただし、般若経典の「授記」の記述は、燃灯仏が前世の釈尊に授記を与えたときの記述と類似しているが、中心は「新たな教え(大乗仏教)を聞くこと」にある。ここに〈法滅〉思想における「新たな正法の伝達」と、〈授記〉における「過去の善根によって得られた現在の聞法」が、ぴったりと結びつく。そして、このような〈法滅〉と〈授記〉の構造は、般若経典ばかりでなくそれ以降に続く大乗経典の構造上の基軸となっていくのである。


(注3) 大乗の法滅思想は法滅句によって表現されることが多い。ここでいう法滅句とは大乗経典にしばしば説かれる「如来滅後後五百歳、正法欲滅時」とか、「仏滅後、後五百歳」(anāgate 'dhvani paścime kāle paścime samaye paścimāyāṃ pañca-śatyāṃ saddharma-vipralopa-kāle vartamāne)とか言われるもので、大乗経典の成立に深く関わる成句である。

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