仏教童話

仏教童話『駿馬』

日付:2014年2月27日 関連記事:仏教文化167号

 むかし、バーラーナシーの王宮おうきゅう一頭いっとう駿馬しゅんめがおり、ブラフマダッタおうはこのうまなによりのたからとして大切たいせつにしておりました。
 
 そのころ、周囲しゅうい国々くにぐに自国じこくおおきくしようと戦争せんそうひろげており、あるとき周辺しゅうへんななつのくにおうたちは共謀きょうぼうしてバーラーナシーのしろ包囲ほういし、しろわたしをせまりました。
 
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 ブラフマダッタおう大臣だいじんたちをあつめて「戦争せんそうをしないでなんとか収拾しゅうしゅうできないものだろうか」といかけると、大臣だいじん一人ひとりが「王様おうさまわたしにはとおくにからやってきた騎士きし一人ひとり滞在たいざいしております。なかなかの勇者ゆうしゃで、しかも戦争せんそうにかけては並々なみなみならぬ経験けいけん知識ちしきっております。」とって、騎士きしともなってふたたおうまえ参上さんじょうしました。
 
 騎士きし筋骨隆々きんこつりゅうりゅうのたくましいからだつきで、一目ひとめ相手あいてすくめるほどの眼光がんこうするどさをもっておりました。おう騎士きしにどうしたらよいかと意見いけんもとめると、騎士きしは「王様おうさま大切たいせつにしていらっしゃるあの駿馬しゅんめわたしにおあたえくださいますならば、わたしと駿馬しゅんめ七国しちこく軍勢ぐんぜいやぶってごらんにいれます。」ともうました。
 
 おう騎士きし駿馬しゅんめあたえると、騎士きし駿馬しゅんめ馬具ばぐをつけ、自身じしん十分じゅうぶん武装ぶそうしてうまにまたがり、王城おうじょうあとにしました。
 
 騎士きしたちはたちどころに第一陣営だいいちじんえいやぶり、おうりにしました。騎士きし駿馬しゅんめ一体いったいとなり、まるで雷光らいこうのようなはやさでけて、へいたちのには騎士きし姿すがた駿馬しゅんめ姿すがたえません。てきもただ呆然あぜんとするばかりでした。
 
 第二だいに第三だいさん第四だいよん第五だいご陣営じんえいやぶり、それぞれのおうりにしてもどるまで半時間はんじかんもかかりませんでした。
 
 ところが、第六陣だいろくじんやぶってまさにおうをとらえようとしたとき敵兵てきへいのやりに駿馬しゅんめきずい、王城おうじょうもどるとたおれてしまいました。騎士きし医師いしきず手当てあてを依頼いらいしてほかうまれてきてふたた戦場せんじょうかけようとしました。
 
 するとそのとき駿馬しゅんめは「そのうまでは到底とうてい第七陣営じんえいやぶることはできません。そればかりかあなたはてきころされてしまうでしょう。第七陣営だいななじんえいやぶっておうとらえることができるのは、わたしほかにはいません。」びかけたのでした。
 
 この言葉ことばいて、騎士きし駿馬しゅんめたせて傷口きずぐち包帯ほうたいしばり、馬具ばぐをつけて、第七陣営だいななじんえいけてしてきました。駿馬しゅんめいたみをこらえて戦場せんじょうまわり、ついに敵陣てきじんやぶっておうりにしたのでした。敵陣じんえいはちりぢりになり、やがて一人ひとりのこらずげてしまいました。
 
 ブラフマダッタおう城門じょうもんまえまで騎士きし駿馬しゅんめむかえにました。駿馬しゅんめおう面前めんぜんまでるとちからきてたおれ、あらいきなかいました。
 「王様おうさま、どうかわたしねがいをおきください。あの七人しちにんおうたちをころさず、二度にどたたかいをしないというちかいをてさせ、放免ほうめんしてやってください。そしてこのたびの名誉めいよはすべて騎士きしにおあたえください。わたしはこのおねがいをかなえていただくだけで十分じゅうぶんです。それから最後さいごに、これからもまずしい人々ひとびとほどこしをなさり、正義せいぎ平等びょうどうによって政治せいじをなさいますよう。」
 
 駿馬しゅんめはそれだけうと、がっくりとくびおととしいきえました。
 
 それ以後いご、ブラフマダッタおう善政ぜんせいによってバーラーナシーのみやこはますますさかえたのでした。
(ジャータカ二十三)

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