仏教童話

仏教童話『オウムの森』

日付:2014年7月10日 関連記事:仏教文化169号

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 ヒマラヤからながるガンジスがわおおきくえがいてながれるきし一帯いったいに、ウドゥンバラのもりがありました。あかえだ一面いちめんたわわになって、とおくからは、もり一帯いったいあからんでえました。
 
 そのもりに、すう千羽せんわのオウムがんでいました。オウムのおうは、まだわかいのに無欲むよくとりでした。ウドゥンバラのれるときも、必要ひつようなだけべて、それ以上いじょうべませんでした。がなくなってからはらさない程度ていどをついばみ、ガンジスがわみずんで満足まんぞくし、けっしてほかの土地とちうつろうとはしませんでした。

 この様子ようすて、天界てんかいかみ帝釈天たいしゃくてん感心かんしんしました。

―たいていのとりものがなくなる季節きせつになると、ものもとめてほかの土地とち移動いどうしてってしまうのに、なんという無欲むよくとりたちだろう。

 そこで、帝釈天たいしゃくてんはオウムのおうためそうとおもい、神通力じんつうりきによってウドゥンバラのをすっかりらしてしまいました。そのため、えだち、みききさらされてあなだらけになり、地面じめんのくずもれてしまいました。

 しかし、オウムたちはそれでもそのもりうごきませんでした。かれらはのくずべ、ガンジスがわみずえをしのぎました。帝釈天たいしゃくてんはそれをると、白鳥はくちょう姿すがたえてウドゥンバラのもりちました。

 そして、オウムのおうつけるとはなしかけました。

果物くだものがたわわにみのるとき、とりたちはれをんでやってて、そのべる。しかし、れて、果実かじつがなくなってしまえば、そこをってしまう。さむさにつよ我々われわれでさえ、てつくふゆにはこの川辺かわべる。とりとはそういうものだ。それなのに、おまえさんたちはどうしてらないのだ。そのわけをおしえてくれないか」

「それはこのたいする感謝かんしゃ気持きもちからです。わたしたちは、今日きょうまでこのによっていのちながらえてきました。あるときべ、あるときえだやすみ、このかたりながら日々ひびごしてきました。このはわたしたちの友人ゆうじんであり、った仲間なかまえます。本当ほんとう友達ともだち生死せいし苦楽くらくをともにするものです。れてしまったからといって、どうしてこのもりてていかれましょうか。」

 白鳥はくちょうはオウムのおう言葉ことば感動かんどうしてった。

「なんというふか友情ゆうじょうだろう。わたしいま友情ゆうじょうというもののすばらしさを、しみじみとおしえてもらった。ありがとう。このおれいに、なにかおくものをさせてもらおう。なんなりとってほしい。」

「もし、わたしたちにおくものくださるのなら、このかえらせてください。それ以外いがいのものはなにもいりません。」

「ああ、いいとも、かえらせてせよう」

 白鳥はくちょうはそうったかとおもうと、帝釈天たいしゃくてん姿すがたもどって、ガンジスがわからくんできたみずをウドゥンバラの木々きぎそそぎました。すると、不思議ふしぎなことにはみるみる生気せいきもどして、たちまちえだえ、しげって、あか果実かじつえだいっぱいにみのりました。

 これをたオウムのおうは、かがやかせて「ありがとうございます。これでわたしたちのもりもどりました。」といました。

 オウムたちのよろこ様子ようすに、帝釈天たいしゃくてんはしみじみと「ものは、みなこのようでありたいものだ」とつぶやき、てんかえっていきました。

(ジャータカ四二九)

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