仏教童話

仏教童話『スパッタの最期』

日付:2015年9月10日

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 むかし霊鷲山りょうじゅせん山頂さんちょう偉大いだいなタカのおうスパッタがんでいました。
 かれ数千すうせんもの家来けらいのタカをしたがえて、大空おおぞらをわがもののようにまわっていました。
 スパッタはおうにふさわしい威厳いげんみちあふれ、かれ姿すがたは、まるでするどひかりはなのようでした。

 スパッタのちからはいっそうつよくなり、もう家来けらいのタカの誰一人だれひとり一緒いっしょべるものはいなくなりました。

 かれ両親りょうしんごとに猛々たけだけしくなるかれ飛翔ひしょう不安ふあんいだき、かれ大空おおぞらがるたびに、むねいたくなるようなおもいになりました。

 ちちのタカはかたりかけました。
 「スパッタよ、おまえつばさはどのタカよりもおおきくて立派りっぱだが、それがなんだか心配しんぱいになってきたのだ。そのちからおそろしくてならないのだよ。とうさんがまだ子供こどもころ、おじいさんからいたはなしだが、むかし、おまえのように並外なみはずれたおおきなちからったタカがいたそうだ。あるそらたかみにがり、ぬほどおそろしいって、いのちからがらかえってきたということだ。あの大空おおぞらにはわたしたちがけっしてってはならないところがあるんだよ。自分じぶん一羽いちわのタカにすぎないのだと、ほどをよくわきまえて、んでいい範囲はんいというものをることだ。そらたかんでって、この地球ちきゅうまるく、おぼんのようにえたなら、ぐにもどらなければいけない。それ以上いじょうがっていくと、そのさきにはベーランバというかぜがすさまじいいきおいでれているそうだ。」
って、スパッタに自分勝手じぶんかってちからまかせのかためて、ほかのタカと仲良なかよってぶようにと、かた注意ちゅういしました。

 いくら用心ようじんしたところで、かれまえちからはどうにもなりません。
 家来けらいのタカ数羽すうわといっしょに、ちちいつけをまもって仲良なかよってったところ、スパッタがはなしかけようととなりると、一緒いっしょんでいたはずの家来けらいのタカはずっとうしろのほうんでいるのです。
かれらと一緒いっしょならんでぶことなんてことは、はじめから無理むりなんだ」
まえ高慢こうまんこころくびをもたげ、それならもっとたかところがってみようとおもい、力強ちからづよばたくと、眼下がんかには、地球ちきゅうまるいおぼんのようにえてきました。

 そのときかすかにちちこえこえてきました。
 「スパッタ、地球ちきゅうまるくおぼんのようにえたら、すぐに降下こうかしてってくるのだよ」
 しかしスパッタは夢中むちゅうでした。眼下がんかまるいおぼんのような地球ちきゅう今度こんどあおうつくしいおおきな宝石ほうせきのようにひかってえました。

 スパッタははる真下ましたあお地球ちきゅううれしそうに見下みおろすと、ちちさけぶようなこえこえました。
 「あぶないよ。スパッタ、いますぐおかえり。いますぐに」
 そのときなんとも得体えたいのしれない、なめるような気流きりゅうがスパッタのからだつつみました。
 「おかえり。おかえり」
 ちちこえははこえ家来けらいたちのこえ耳元みみもとでガンガンなっていました。
 しかしもどりたくてももどれず、きをえたくてもえられません。
 かれのあの力強ちからづよつばさは、おそろしくおもい、おおきなでしっかりさえつけられたように、どうにも身動みうごきがれなくなっていました。
 「く、くるしいよ、たすけてくれ」
 スパッタは偉大いだいなタカのおうこえではなく、ちいさな子供こどものようなこえげ、さけびながらぐるぐる渦巻うずまおおきな気流きりゅうにのまれていきました。
 大空おおぞらたかみからたたおとされたスパッタは粉微塵こなみじんになって地上ちじょうってきました。大空おおぞらはまるでなにもなかったようにしずかにあおんでいました。
 霊鷲山りゅうじゅせん山頂さんちょうでは、ったきりかえってこないおうことを、ベーランバのかぜとらえられたのだと、のこされたタカたちがいつまでもかたっていました。

(ジャータカ四二七)

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