卒業生は今!!

卒業生は今!! 東日本大震災 犠牲者たちの霊に導かれ

日付:2015年7月10日

第23期 静井 真貞

 予ねて興味のあった仏教を定年後は勉強してみたいとの思いはあったが、諸般の事情でなかなか進まない。何人かの先輩から「七十歳を境に体力、知力とも大幅に減衰する。やりたいことはそれまでに」とのアドバイスが頭をよぎる。思い切って東京国際仏教塾の門をたたいた時は六十五歳だった。

 仏教塾の専門課程には日本仏教の七宗派があり、時間をかけて順次覗きたいとの思いから最初に真言宗を選んだ。しかし、終了間際の三月十一日に起こった東日本大震災が私の方向を大きく変えた。大震災の溢れる報道の中で、仮埋葬の場面が目に残った。自衛隊員、警察官あるいは消防署員の方々が敬礼をし、精一杯に埋葬する映像だ。仮埋葬への異議ではない。むしろ敬意を表したい映像が、私には何故か悲しく映った。犠牲者、不明者の慰霊をとの思いが起ったのはこの時で、僧侶への決心がついた。幸い師僧を得ることができ、胎蔵界、金剛界の結縁灌頂、同行会参加などを経て十月に得度、翌年六、七月に高野山金剛峰寺での修行を経て教会教使、権教師の允許を頂き廻向の資格を得た。

 東北に向ったのは震災から一年余を過ぎた八月、一人で福島県いわき市周辺の慰霊が最初だった。九月には友人と宮城県の仙台近郊、南三陸町、石巻、女川などを三日間慰霊した。

 このように私の出家動機には東北の慰霊が大きな位置を占めていた。しかし、四国遍路や幾つかの修行を通し、もう少し見極めたいと変化する自分があった。師僧に四度加行を申し出た時、年齢、体調を心配されたが了解を頂いた。高野山に登ったのはまだ冬の寒気が残る昨年の四月中旬だった。四度加行とは別名百日加行と言われるように基本的には百日をかけて四種類の行を修す。また加行時は外部との接触は一切断たれ、寺院内でも必要以外の言動は慎むという隔離された世界で行われる。例えば私の場合、午前二時三十分起床、午後十時ころ就寝。その間に、初夜行、後夜行、日中行、奥之院または壇上伽藍の参拝、朝夕の勤行、下座行(掃除など)を行う。特にタイトだったのは護摩正行の一週間で、五時間の行を三座、間に朝夕の勤行、下座行をはさむと睡眠時間は一時間三十分くらいしか残らなかった。尾籠な話で恐縮だが、床ずれでお尻の皮膚が破れたのはこの時だった。四度加行を成満し七月に帰宅した時には、体重が十一キロ減っていた。その後、教師検定試験に合格、教師資格を取得した。

 私にとって一つの区切りではあるが、やっと入り口に立てたとの思いが強い。そして今は、得度から僧籍取得までお大師様のお導きと思える。更なる精進あるのみだ。
合掌。

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