卒業生は今!!

卒業生は今!! 私の思いと仏教塾

日付:2015年9月10日

二十六期 梶野 和己

 私は東京国際仏教塾で第二十六期生として入塾しお世話になりました。入門課程を修業し、専門課程では天台宗の教義を学びました。松浦師・久保師に厳しくまたあるときは優しく教えをいただき、今となっては懐かしい思い出です。まだまだ入り口を入ったばかりで勉強はこれからと考えています。

 仏教塾でお世話になるまでの私は、仏教はお経の読誦が多くを占めると思っておりましたが、大きな考え違いで私の思いを遥かに越える奥の深い学問と気づかされました。私は長いこと近くの寺院で、月に一度お経を読む会に参加していましたので、塾で学んだ教義は今からの私を大きく変える一歩になったと思っています。

 日本には多くの仏教宗派がありますが、根本の教えの多くは変わらず、各宗派が平和的に協調していて、それぞれの役目を正しく果たしています。他の国の仏教に比べ、日本は仏教を始め多くの面で素晴らしい国であると思います。

 このような世界に誇れる日本を、私は二十数年前に外から見る機会がありました。私が一時非常勤でお世話になっていた学校が、フィリッピンに協力校があり、そこを訪問したときのことです。案内していただいた方の話ですが、フィリッピンは一時、アメリカ、スペイン、日本の支配下にあったとの説明があり、最初にアメリカの墓地を訪れました。この墓地は最良の場所で、公園のように見事に整備され、その美しさに驚きました。次にスペインの人が住んでいた町へ行きましたが、ここは他の国に来たような情緒豊かな美しい街並みでした。人はどの国に行っても、生活の足跡を残すものだなと思いながら歩きました。最後に案内していただいたのは日本人の墓地でしたが、ここでは私の期待が大きく外れ、その荒れ果てた状況にびっくりしました。多くの墓石は倒れたままで、人の手が入っていないことが直ぐ分かりました。どこに向って手を合わせればいいのか迷うほど荒れていました。このときいつの日か私の手で墓地を整備して、多くの日本寺院に見られる、あの流れるような美しい屋根のある建物を造りたいと、心から思い帰国しました。

 仏教塾でお世話になったのも一つの縁と思います。今年は終戦七十年を迎える大きな節目であり、長い間脳裏を離れることのなかったフィリッピンでの寺院建立を一歩進めたいと思っています。しかし将来にわたって永く残る大事なことであり、私一人で容易くできるようなことではないと自分自身よく理解しています。

 私がフィリッピンに拘るのはいくつかの理由があります。七十年前の太平洋戦争で一番の激戦地であり、旧厚生省によると千九百四十四年十月から翌年八月までの十ヶ月間に、五十一万人もの善良な若き日本青年が命を落としたそうです。この内約八割の人は戦死ではなく餓死だったとも言われています。また戦争の影響は現地の大人のみならず女性・子供達の多くの命も奪いました。その悲惨さは深い悲しみといつまでも暗い影を落としたのではないでしょうか。想像するには生き地獄であったと思います。望まずして難を受けたフィリッピンの子供達に、何か私に出来ることはないかと思い、二十年以上前から毎年五十人の里親を引き受けています。この里親を続けていることにより、人生で大切な人脈も脈々と続いています。悲しい無益なこの太平洋戦争は、巷間言われているように一部の指導者による無知と愚かさにより、日本だけでも三百十万人とも言われる戦没者を出しました。無念という結果だけが、残念ながら答えであったと私は思っています。今、私たちは平穏な毎日を送っていますが、過去に戦争で多くの人のかけがえのない、そして二度と戻ることのない大切な命を散らしてしまったことを、決して忘れるべきではないと思います。ただ歴史の一ページに記される程度で済まされるならば、私にとっては我慢のならない気持ちで一杯です。そのような思いから、たとえ小さくても人の目に見えるものを残したいと心から念じ、フィリッピンでの寺院造りに邁進する積りです。合 掌

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