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第2回エッセイ ひろさちや 「請求書と領収書の祈り」

日付:2015年9月10日

 幼いころ、わたしは祖母から、毎朝毎晩、仏壇に向かって礼拝するよう習慣づけられていました。そして、その仏を拝むとき、祖母はわたしに、

「ほとけさまにお願いごとをしたらあかんで......」
と注意しました。わたしは大阪生れで、だから祖母は大阪弁です。

 わたしは祖母の言い付けを守っていましたが、子どもだからつい忘れてしまいます。そうすると、祖母は、ときどきわたしをテストします。

「良彦、今朝はどんなふうにほとけさんを拝んだのか?」
「あんな、おばあちゃん、今日は算数の試験があるねん。そやから、百点とらしてくださいと拝んできた」
「あかんやないか。あれほど、お願いごとをしたらあかんと教えといたのに......。もう一遍、拝みなおしておいで......」

 "良彦"はわたしの本名です。祖母に叱られて、わたしは再び仏壇に向かって、
「ほとけさま、ただいまの願い取り消します。ありがとうございます」
と拝みます。そうして、無事、朝食を食べさせてもらいました。

 小学校も高学年になって、わたしは祖母に質問しました。
「おばあちゃん、なんでほとけさまにお願いごとをしたらあかんのや......?」
「知らん」

 祖母の答えはそれだけでした。明治生れの祖母は、理窟は知りません。しかし彼女は、自分が両親や祖父母から教わったことをわたしに教えてくれたのです。

 だが、のちに仏教を勉強するようになったわたしは、祖母の教えが正しかったことを確認できました。わたしは祖母の教えを、わたしなりの言葉で、

 ―請求書の祈りをするな! 領収書の祈りをせよ!―

と表現しています。仏に向かってお願いごとをするのは請求書を突き付けていることになります。だが、そういう打算的な祈りはおかしい。わたしたちが神仏に向かってなすべき祈りは、
「ありがとうございました」
といった感謝の祈り、したがって領収書的な祈りでなければならないのです。仏教に限らず、キリスト教や神道でもそう教えています。そのことを教えてくれた祖母に、わたしは感謝の心でいっぱいです。


 では、なぜ請求書の祈りをしてはいけないのでしょうか?

 請求書の祈りは、明らかに欲望にもとづいています。

 かりにあなたが貧乏であって、〈もう少しお金があるといいな......〉と思い、仏に金を授けてほしいと祈ったとします。その結果、あなたは百万円を手に入れることができました。それであなたは幸福になれるでしょうか? なれませんよ。きっとあなたは、〈百万円じゃだめだ。五百万円ぐらいないと、わたしは幸福になれない〉と思うでしょう。そして、もしも五百万円を手に入れると、〈せめて一千万円が欲しい〉となります。欲望はどこまでもふくれあがります。ですから、請求書の祈りは、かりにそれが実現しても、あなたは幸福になれません。

 それと同時に、あなたが百万円、五百万円、一千万円を手に入れるために、どれだけのものを犠牲にせねばならないか、少し考えてみてください。そのためにあなたは、毎日毎日を、あくせく、いらいら、がつがつと過ごさねばならなくなります。また、倹約に倹約を重ね、余裕のない生活を送らねばなりません。家族のみんなで楽しむ、そういう生活もできなくなります。つまり、あなたは金持ちになるために、のんびり、ゆったりとした生活を送る幸福を失ってしまうのです。

 だとすると、お金が欲しいという欲望は、かえってあなたを不幸にします。仏教では、

 ―少欲知足―

を教えています。あなたの欲望を少なくし、足るを知る心を持て、というのです。すなわち、あなたは貧乏であっても、そのままで幸福に生きられるのです。毎日毎日を
「ほとけさま、ありがとうございます」
と感謝の気持ちで生きる。それが領収書の祈りですが、その感謝の気持ちで生きたとき、わたしたちは幸福になれるのです。わたしの祖母が教えてくれたことは、そのことでした。

 〈もっともっと欲しい〉といった欲望を捨てて、〈これで十分です。ありがとうございます〉といった感謝の心を持ったとき、わたしたちは幸せになれるのですね。それが仏教の教えです。


プロフィール
ひろさちや
176-14.jpg撮影:児玉成一
1936年、大阪に生まれる。東京大学大学院人文科学研究科印度哲学専攻博士課程を修了。
気象大学校教授を経て、現在は大正大学客員教授。宗教評論家。
宗教が特別視され、疎んじられがちな日本にあって、仏教と日常の回路をつなぐ貴重な作業を続ける。
難解な用語を駆使する"思想家"が流行る現在、数少ない仏教啓蒙家。
著書には『こんな長寿に誰がした!』『人は死んでもまた会える』『〈法華経〉の世界』などがある。

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