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第1回エッセイ ひろさちや 「思うがままにならないこと」

日付:2015年7月10日

 「ひろさんは仏教徒ですね。仏教徒というのは、何を信じているのですか?」

 昔、日本に来ておられたインド人の神父さんと対談したとき、そんな質問を受けて、ちょっとどぎまぎしたことがあります。キリスト教は、
 
 ―信ぜよ、さらば救われん―

 といった言葉があるように、神を信じることから始まる宗教です。いや、あらゆる宗教が「信じる」ことから始まります。では、わたしたち仏教徒は何を信ずればよいのでしょうか?

 少し考えて、わたしはインド人神父にこう答えました。

 「仏教徒は"仏の教え"を信じます。そして"仏の教え"というのは、基本的に"人生は苦である"といった教えです。ですから、"人生は苦である"と信じるのが仏教徒なんです。」

 わたしはいまでも、この答えが正しいと思っています。

 けれども、"苦"という言葉にはちょっと注釈が必要です。これは、苦しい/楽しいといった意味ではなく、むしろ、

 ―思うがままにならないこと―

 といった意味だと思ってください。わたしたちはこの世の中で、何一つ思うがままにできません。自分の努力だけで成功/不成功は決まらず、さまざまな縁によって成功もあるし、不成功もあるのです。金持ちになろうといくら努力しても、自分の思うがままにはなりません。

 ところがわたしたちは、思うがままにならないことを、ついつい思うがままにしたくなります。そのとき、わたしたちは苦しむのです。つまり、この世の中のすべては、わたしたちの思うがままにはならないのに、それを思うがままにしようとするとき、わたしたちは苦しむのです。それが仏教の教えであり、それを信ずることのできる者が仏教徒です。わたしはそう考えています。


 不登校になった中学生の母親から相談を受けたことがあります。

 「どうすれば、この子が学校に行くようになれるでしょうか?」
 「さあ、知りませんよ。わたしに訊いたって無駄ですよ。」

 わたしの返答は、いたって冷たいものでした。

 だって、考えてみてください。その中学生にとって、学校に行くか/行かないかは思うがままにならないことです。行きたいと思っていても行けない。それで彼は悩んでいます。母親は母親で、息子を自分の思うがままに操縦したいと思っている。でも、息子は母親の思うがままにならない。それで悩んでいます。おかしいですよね。どこがおかしいかといえば、すべては思うがままにならないことなのに、それを思うがままにしようとしている点です。つまり、仏教の教えが信じられないから悩むんです。

 病気になって、その病気を思うがままに治したいと思うのも、同じ悩みです。

 では、どうすればよいのでしょうか?

 わたしは、それは、

 ―あきらめ―

 だと思います。しかし、"あきらめ"は断念ではありません。絶望ではありません。それは"明らめ"であって、思うがままにならないことだと気づくことです。

 わが子が不登校になった。あなたが病気になった。あるいは貧乏になった。その原因は一つではありません。さまざまな因縁・条件が積み重なってそういう結果になったのです。だから、その結果を、わたしたちは思うがままに変えることはできません。そのことを明らかにする―あきらめる―のが仏教徒がとるべき方法です。

 わたしは、子どもを無理に登校させようとしないほうがよいと思います。無理に登校させようとして、うまくいく場合もありますが、下手をすれば子どもが自殺する危険もあります。

 子どもは、自分が登校できないことを悩んでいるのです。そのとき親は、子どもと一緒に悩んであげることができると、子どもは助かります。一人で悩むのは、とてもつらいものです。

 「困ったね、困ったね。どうしたらよいか、分からないね......」

 と言ってあげることができれば、子どもは孤独地獄から脱出できるのです。親が、なんとかして子どもを学校に行かせようとすると、親は子どもの敵になり、子どもはますます孤独になります。

 ともかく、この世の中のことは、わたしたちの思うがままにならないことです。それを信じるのが仏教徒だと思います。

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ひろ さちや
1936年、大阪に生まれる。東京大学大学院人文科学研究科印度哲学専攻博士課程を修了。
気象大学校教授を経て、現在は大正大学客員教授。宗教評論家。
宗教が特別視され、疎んじられがちな日本にあって、仏教と日常の回路をつなぐ貴重な作業を続ける。
難解な用語を駆使する"思想家"が流行る現在、数少ない仏教啓蒙家。
著書には『こんな長寿に誰がした!』『人は死んでもまた会える』『〈法華経〉の世界』などがある。

カテゴリー:その他

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