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第4回エッセイ(最終回) ひろさちや 「ほんのちょっとした損」

日付:2016年3月10日

お兄ちゃんが小さなケーキを一つ、お土産に貰って帰って来ました。家には弟がいます。どうすればいいでしょうか? そのような問いに対して、三つの答えが考えられます。

 A 半分こする。
 B 一人が食べて、一人は食べない。
 C 二人とも食べない。

 昔、小学生相手にそのような問題を出しました。すると一人の小学生が、「もう一つ、答えがあるよ」と言います。それは、お父さんに頼んでもう一つケーキを買って来てもらえばいい、というものです。たしかに、二人に一人分しか食糧がないとき、現実の社会では食糧増産に励みます。しかし、それは将来的な解決策ですから、いまはそのような選択肢はなしにします。

 さて、このような三択問題だと、たいていの人はAの「半分こ」を選びます。なるほど、二人の兄弟でケーキを半分ずつ分け合って食べる姿は美しいと思います。ですが、もしもお兄ちゃんの心のうちに、

〈この次、弟がケーキを貰って来れば、ぼくに半分くれるであろう〉
 といった期待があれば、それは美しいでしょうか? いや、それよりも、お兄ちゃんが心の中で、
〈おまえはかわいそうだから、ぼくが半分ケーキを恵んでやる。だからおまえはぼくに感謝しろ〉
 と思っているのであれば、わたしはお兄ちゃんの心は醜いと思いますね。わたしは、

 ―一つのケーキを二人で分けて食べて、そのほうがおいしい―

 と思える子どもになってほしいと思います。半分こするのはいいことですが、問題は、そのときの心の中です。相手が気の毒だから恵んでやる、というのは、世の中でいう慈善、あるいは思いやりの考え方でしょうが、それは仏教の考え方ではありません。

 それから、一つのものを半分こにすることのできない場合があります。二人に傘が一本しかないとき、二人は相合傘をすることができますが、二人にレインコートが一着しかないとき、それを半分にはできませんね。だから、その場合はBになるでしょうが、大事なことはその人の心です。

「いいんだ、いいんだ、ぼくは濡れたって大丈夫」

「すみません、わたしは絹の和服ですから濡れると困るんです。だから使わせていただきます」

 と、そんな気持ちで譲り、譲られたとき、わたしはそれが仏教でいう「布施」になると思います。

 そして、仏教で教えている「布施」は、Cの二人とも食べないだと思います。

 でも、せっかくのケーキを二人とも食べないのはおかしい。そう思われる人が多いでしょう。だが、じつは、昔の日本人はそうしていたのです。

 わたしの幼時―それは戦前の話ですが―、わたしがどこかでケーキを貰って来れば、それをすぐに仏壇にお供えするように習慣づけられていました。そして、ケーキを仏壇にお供えすると、その瞬間にケーキはわたしのものでなくなり、ほとけさまのものになります。それがCで、その段階では二人とも食べないになります。

 そのあと、ほとけさまは兄と弟にケーキを半分ずつ下さいます。だから、結果的にはAになりますが、段階的にCを経てAになっているのです。

 わたしは、このCが仏教の「布施のこころ」だと思います。それは、

 ―ほんのちょっと損をする心―

 です。誰だってケーキを一個、まるまる食べたいのです。でも、その欲望をほんのちょっと抑えて、損をしてもいい気持ちになったとき、

「ねえ、このケーキ、一緒に食べようよ」

 と言うことができます。そうすると、それが布施になります。相手がかわいそうだから恵んでやるといった気持ちでは、慈善にはなっても布施にはなりませんよ。

 満員電車で老人に席を譲るのも布施です。ですがそのとき、〈年寄りはかわいそうだから坐らせてやる〉というのでは、慈善の行為ではあっても、それは布施ではありません。座席に坐らずに立っているのは疲れます。でも、少しぐらいの疲れ(損)をがまんできるのであれば、「どうかお坐りください」と席を譲ることができます。そのとき、それが布施になっているのです。

 大きな損をしろ―と言うのではありません。日常生活の中で、あなたやわたしにできるほんのちょっと損があります。それをやっていただきたいのです。

 わたしは、仏教が教える布施とはそういうものだと考えています。


プロフィール
ひろさちや
176-14.jpg撮影:児玉成一
1936年、大阪に生まれる。東京大学大学院人文科学研究科印度哲学専攻博士課程を修了。
気象大学校教授を経て、現在は大正大学客員教授。宗教評論家。
宗教が特別視され、疎んじられがちな日本にあって、仏教と日常の回路をつなぐ貴重な作業を続ける。
難解な用語を駆使する"思想家"が流行る現在、数少ない仏教啓蒙家。
著書には『こんな長寿に誰がした!』『人は死んでもまた会える』『〈法華経〉の世界』などがある。

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