授業情報

28期専門課程修行感想文

日付:2016年5月10日

浄土真宗
「皆と切磋琢磨した五か月間」 池迫 美香
 二〇一六年三月五日、浄土真宗専門課程履修生六名すべてが無事に終了試験に合格。皆の晴れやかな表情がそこにありました。それは、安堵と希望の入り混じった、得度課程に向けての新たな出発への清々しい決意表明にも見えました。
 二〇一五年十一月の初日からの五か月間、あっという間に月日が流れていました。二十八期生、私以外は、皆、男性でした。素晴らしい個性豊かな四名の先生方が、私達のために全身全霊を捧げて下さいました。天才的な(笑)浅野先生の教えを中心に、私達のボロボロ(笑)であったお経やお声明は、まだまだ未熟なものの、最後の試験までには、ある程度の形にまで成長していました。その過程を思い出すと、今でも感動して涙が出そうになります。
 先生方が詠って下さったお声明は本当に素晴らしく、特に念仏和讃の美しい響きは、今も深く心に残っています。それを聞き、自分自身が救われたような感覚を覚えたほどです。
 その和讃とは、煩悩・迷いの中を彷徨っている自分が、阿弥陀様に出会い光明に触れ、煩悩から解放された喜びを感じ、さらに信心を得た大歓喜の中にいるという心の在り様を、声の音程を変えて表現していきます。
 「ただ詠うのではない。」 浅野先生のお言葉が心に響きました。浄土真宗は道具を用いずにお声明を行います。自分の声だけが頼りです。一字一句意味が込められています。正しく詠むことはもちろんのこと、真心と湧き出る感謝の思いを込めて心から詠うことの大切さを教えて頂きました。
 大変だったのにも関わらず、楽しい想い出ばかりです。先生方と一緒にいる時間すべてが学びでした。実りある時間となりましたのは、先生方、そして切磋琢磨し合った仲間のおかげです。皆と過ごしたかけがえのない時間に、感謝の気持ちと共に、深くお礼申し上げます。そして仏教塾とのご縁にも、心から感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
曹洞宗
「曹洞禅に寄り添って」 加藤 弘志
 子供の頃から、仏像が好きで仏教やお寺に興味を持っていた。何かと悩み事が多かった時期に曹洞宗寺院で坐禅をした経験、仏像に関するボランティア活動に参加したことから、もっと仏教を学びたい、仏教に寄り添いたいという気持ちが強まり、昨年の春、仏教塾へ入塾した。心のサプリメント的なものを求めての安易な入塾動機であったと言ってよい。
 入塾してからは、前期課程でのスクーリング、各宗派での体験修行など、各先生や先輩から実践的な内容を熱心にご指導いただいた。
 専門課程では、禅を学びたいということで曹洞宗を選択したが、中野東禅先生からのユーモア溢れる示唆に富んだ曹洞禅の教えの数々、先輩や他の多くの方々からも様々な教えをいただいた全十回の講義は、自分にとって得がたい貴重な時間となった。
 曹洞宗の教えでは、悟りの目標は知るということ、悟りの中身は行動すること。そして、あらゆる場所で無心となり、信じる (なる)ことだという。自分の肉体や運命と向き合い、日常生活のあらゆる場で悟りを得る(なる)よう努めることが大事であることを教えていただいた。
 仏教塾での学びから、自分が家族や友人や多くの方々(大げさな言い方だが大乗の菩薩達)に囲まれ、支えられ過ごしてきたことに気づき、あらためて感謝する日々である。
 今後の具体的な進路はまだ決まっていないが、これからは、少しずつでも世の中に恩返しをしつつ、曹洞禅に寄り添った生き方を目指して、現在の日々をできる限り丁寧に生き、自分に眠っているかもしれない仏性を掘り出す努力をしていきたい。
臨済宗
「己に喝!!」 松下 敬四郎
 今までお葬式しか仏教に縁がなかった自分が、平成二十七年四月に東京国際仏教塾に入塾し前半の入門課程を終え、後半の専門課程「臨済宗」で勉強させて頂きました。「まさか」の七十才での手習い、驚きと無知の出発でした。教場は、長野県千曲市「開眼寺」です。開眼寺は、旧善光寺街道沿いに位置しており、信濃三十三番札所の十三番目に数えられ、一六五一年開山の四百年の歴史を持つ由緒あるお寺です。
 平成二十七年十一月の初回に素晴らしい洗礼を受けました。一つ目は斉座(昼食)に戴いた「開眼寺うどん」。誠においしい。二つ目は夜の寒さ。震えながら蒲団に包まっていました。臨済宗にも洗礼がある(?)のを知りました。
 教場での授業内容は、「坐禅」「読経」「作務」が主体です。坐禅では何度も坐る姿勢を修正させられましたが二月~三月になるとだいぶ落付きました。読経練習は自分にとって最悪でした。本堂での練習時まず読めない。暗くて(?)見えない。寒くて震えてバイブレーション付。仏教の基本を覆す行動ばかりでした。三月の最終日、受講者四人全員が合格を頂きましたが、自分は無罪放免ではないと思っております。
 柴田文啓住職は作務の重要性を説いておられました。「作務とは何か」の主題でレポート提出も求められ、作務時のひたむきさを強調しておられました。自分のレポートでは無駄を省く指摘がありました。臨済宗は「俊敏性」「寡黙」「工夫」が特に求められていると感じました。
 松村文円師は第二十三期卒の先輩でその後安居会で修行をされ、岐阜県のお寺で御住職になられる予定と聞いております。松村師には殆んどの時間、我々と一緒に過ごし、臨済宗の考え方等を朴訥に語られ大変お世話になりました。
 柴田住職、松村師共にやさしい方です。但しその優しさに甘えてはならないと思います。「己に喝!!」、これが臨済宗の基本中の基本です。来たれ臨済宗へ。
天台宗
「仏法の大海に漕ぎ出る」 松木 秀男
 私が後期課程に天台宗を選んだのは、一泊結集での体験と先生方、先輩方にお会いし、そのお人柄に接することができたのが主な理由です。
 顕密を併せもつ教えの総合性と、それ故にこそ大乗仏教の菩薩の精神をこの現代で捉え直せるのだという、宗祖以来のメッセージを強く感じました。また先生方も折り目正しく、一つ一つの修行を心を込めて指導されます。決して細かなこともないがしろにはなさらないのです。この様な気風が私にはあっていると思いました。半年経った今でもこの選択に間違いはなかったと思い、とてもありがたく感じています。
 先生方からは沢山のことを教えて頂きました。ここでは最も印象に残っている教えの一端を書かせていただきます。
 先生はよくおっしゃいます。「君達は仏教概論や哲学を勉強するだけの目的でここにきた訳ではないだろう。仏様の教えに少しでも触れたいと思い自分の意志でここに来たはずだ。ならば、それなりの実践が伴わなければいけない。それには当たり前の礼儀作法や食事作法をきちんと守ることから始めなければならない。どんなにお経やいろんな知識を覚えていても、仏様に正しく礼拝でき、人様にもきちんとした礼儀ができなければ何の意味もないし、特に仏教者としては認められない。」
 全くその通りだと思いました。特に食事については略作法を家でも唱え、感謝してから、なるべく静かに心を配っていただくように努力しています。
 しかし、現実はそんなに甘くはありませんし、また仏道の目標も遥か遠く、理想と現実のギャップに茫然とすることの方が多いのも実態です。でも「諦めないで努力を続けること、その自行には必ず仏様の加護がある」ということも専門課程で頂いた貴重な教えの一つです。
 さらに専門課程の修了時に在家得度のご縁にも恵まれました。まさに一生に一回の感銘深い受戒儀式の次第の一つ一つが心に染み入り、こみ上げてくるものに耐えて、「よく保つ」とお答えするのが精一杯でした。こんな私にも師匠になって頂ける方にお会いできたのは、まさに仏縁と只々感謝の気持でいっぱいです。
 漸く仏法の大海に船出したばかりの私ですが、先生方、先輩方に迷惑をおかけしつつも、初発心を忘れず、感謝の念をこめて引き続きこの道を歩ませて頂きたいと念願しております。 
真言宗
「こころ穏やかに生きる」 齋藤 初男
 「こころ穏やかに生きるために」などという名目をつけて、軽い気持ちで仏教塾に参加しました。専門コースは実家が真言宗のお寺の檀家なので迷いなく真言宗を選びました。
 「真言宗なら知っている」と漠然と思っていましたが、開祖が弘法大師であること以外は、光明真言も御宝号も聞いたことがあったかどうか、お経も知りませんでした。ましてや念珠など持ったこともなく、結局は具体的なことを殆ど知らなかったということをこの修行に参加して始めて自覚しました。
 しかし、およそ千二百年前に人々を救うため生涯をかけて密教の教えを説いた弘法大師空海さまについて、大師伝や高野山の成り立ちを説かれ、修行の中で護摩や加持祈祷等を披露される度に、真言宗に少なからず神秘や奥の深さを感じ引き込まれて行く気がしました。ただし、仏前作法や真言・呪・偈・経文の暗誦や読誦では年相応なのか、先輩のアドバイス等も頂きましたが、我が記憶エンジンへの点火は非常に遅く苦戦が続き、こころ穏やかどころではありませんでした。これからも新たな課題とともに精進していかなければならないと思っています。そして、名目ではなく「こころ穏やかに生きる」ことについては今後、その年齢、時々に相応しい「こころの穏やか」を求めていきたいと思います。
 修行期間を通じて、優しく丁寧にご指導いただいた地蔵院の本住職を始め、根岸大住職、柏木先生、柴岡先生、食事の世話を頂いた大住職の奥様、一緒に修行体験した仲間の皆さん、関係者の皆様に心から感謝申し上げます。
日蓮宗
「仏様と繋がるお題目」 秋山 奈美
 野坂住職をはじめ諸先輩また同期のみなさまには、なにもかも未熟な私にとても丁寧に親身にご指導してくださり、本当に感謝しています。
 南無妙法蓮華経のお題目で宇宙と仏様と一体となる。ことばだけでは伝えることは難しいですが、妙厳寺の本堂で大きな太鼓の音と一緒に全員で大きな声で南無妙法蓮華経と唱え続けていた時、それを体感することができました。これは紙の上の勉強だけでは体験することのできない、南無妙法蓮華経というお題目を通して繋がることのできる神秘的な世界でした。そして、いつでもどこでも大勢でいても一人でいても、南無妙法蓮華経のお題目を唱えることで、仏様と繋がることができる本当にありがたいものだと感じました。
 日蓮宗専門課程を終えましたが、理想は大きくて、まだ私はスタート地点にも立てていないかもしれません。しかし、進むべきベクトルを明確に示してくださいました。自行即ち化他なり。毎朝お経をあげていて、出勤で通りかかった人がお経の声を聞いて、今日も一日頑張ろうと思った、というお話がありました。謙虚に少しずつ精進していこうと思います。
 妙厳寺のみなさんはとても温かく、親切にしてくださり、勉学や教育に熱心で、利他の心を持っている本当に素敵なお寺だと思います。アットホームな雰囲気がとても魅力的です。
 妙厳寺において野坂住職をはじめ諸先輩方のもとで修行させていただけたことに大変感謝しています。

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