仏教童話

仏教童話『サルと水牛』

日付:2018年2月10日

189-20-1.jpg むかし、ヒマラヤのやまのふもとに一頭いっとう水牛すいぎゅうがいました。水牛すいぎゅう毎日まいにちくさえているところもとめてやまのあちこちをあるまわっていました。

 あるとき気持きもちよさそうなかげつけたので一休ひとやすみしていたところ、一匹いっぴきのサルがスルスルとからりてきて、いきなり、水牛すいぎゅう背中せなかうつりました。うつるやいなや、サルは水牛すいぎゅうおおきな背中せなか大便だいべん小便しょうべんをひっかけたり、つのをつかんでブランコのようにぶらがったり、しっぽをさぶったりしました。そのようなサルのいたずらを、慈悲じひあわれみのこころをもって、水牛すいぎゅうはじっと我慢がまんしていました。そんなことが幾日いくにちつづきました。

 そんなあるのこと、一部始終いちぶしじゅうていた樹神じゅしんが、水牛すいぎゅういました。

「まるであなたをばかにして、サルがいろいろいたずらをするのに、どうして我慢がまんしているのですか。やっつけてしまいなさいよ」

樹神じゅしんはそうって、うたをとなえました。

 サルのいたずら 自由じゆうにさせて
 あなたはどうして おこらない
 サルは我儘わがまま おっちょこちょいで
 友達ともだちさえも 裏切うらぎるやつだ
 あなたのつので して
 あしみつけ らしめなさい
 かれらしめ やっつけないと
 わたしいかりも おさまらない

 これをいて、水牛すいぎゅうこたえました。

樹神じゅしんよ、もしわたしがサルのまれやそだちをばかにして、これしきのサルのいたずらをもゆるすことができなかったなら、よりふか真理しんりたいというわたしねがいが、どうして成就じょうじゅできましょう。それにたとえわたしがやっつけなくとも、わるおこないをするものは、自然しぜんらしめられるものです」

 そうって水牛すいぎゅうは、うたをとなえました。
 
 ほか水牛すいぎゅうを わたしおも
 おなじいたずら したならば
 そのときサルは ころされる
 んだら最後さいご いたずらも
 二度にどとできない わたしにも
 
 何日なんにちって、水牛すいぎゅうかげからほか場所ばしょへとかけていきました。そこへみじ水牛すいぎゅうがやってきました。

 いたずらザルは

―や、いるいる。

と、いつもの水牛すいぎゅうだとおもみ、その背中せなかによじのぼっていたずらをはじめました。あんじょう、その水牛すいぎゅうはサルをいきおいよくとすと、つのし、おおきなあしでグイグイと(<rtふみつけて、サルをしてしまいました。

(ジャータカ二七八より)

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