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修了レポート 曹洞宗 「曹洞宗の宗旨とは」

日付:2019年8月10日

第三十一期 吉川 克正

 本稿では、はじめに曹洞宗の宗史とその基本的な宗旨について概説した後、「禅とは何か」という根本的な問いに対して、西洋思想、原始仏教、密教との比較を通して詳述する。最後に同じ禅宗である臨済宗との差異について、そのあり方と宗義・思想の伝達手法を中心に論じるものとする。

 日本における曹洞宗の起こりは鎌倉時代に、道元禅師が南宋に入り、天童如浄に師事して得た教えを日本に持ち込んだ事で始まったとされる。帰国後の道元禅師は、京都に興聖寺を開くが、孤雲懐奘禅師を始めとして日本達磨宗からの改宗僧を多く受け入れたことで、比叡山からの弾圧を受け、波多野義重氏からの招きに応じて越前へと移ることになる。その越前で開いた大佛寺が後の永平寺であり、現代もなお曹洞宗における中心寺院(大本山)として存続している。なお道元禅師は自身の教えこそが釈尊以来連綿と続く「正法」であり、僧団として特定の宗派名を称すること、禅宗の一派とされることを望んでいなかったとされ、曹洞宗という呼称を用いるようになったのは道元禅師入滅後のことである。

 道元禅師入滅後には曹洞宗第二祖の孤雲懐奘禅師、第三祖の徹通義介禅師が日本達磨宗の法統も継いでいた重嗣状態にあったこと、また義介禅師が教団発展のための急速な革新を図ったことへの反発も大きく、後に「三代相論」と呼ばれる五十年にも及ぶ永平寺住職の正当性を巡る対立が起こっている。この対立を収めたのが太祖とよばれる第四祖の瑩山紹瑾禅師で、瑩山禅師は義介禅師から受け継いだもののうち、日本達磨宗の嗣書は埋め、道元禅師の嗣書と袈裟のみを残す事で曹洞宗の法統を一元化することに成功した。瑩山禅師は總持寺を開き、明峰禅師や峨山禅師をはじめとする優秀な弟子を育てたことでも知られ、曹洞宗を一大教団として発展させる礎を築いた点でもその功績は極大きい。

 次に道元禅師の残した書を辿ることで、曹洞宗の基本的な宗旨・宗義について考察したい。道元禅師が南宋からの帰国後に最初に記したのが「普勧坐禅儀」 であったとされる。開宗宣言とも言える最初の著作において坐禅をテーマとしたことが、曹洞宗の「只管打坐」という教義を象徴していると考えられる。その後、最も大規模な著作となった「正法眼蔵」においても、只管打坐は強調され、何かを目的として坐禅を行えばそれは手段へと堕ちてしまうこと、無限の坐禅修行を続けることこそが成仏の本質であるという修証一如が説かれている。これは天童如浄の元で得た「身心脱落」の考え方に繋がるものだと理解できる。

 曹洞宗の宗旨としてもう一つ特筆すべきものとしては、その日常生活規範の細やかさが挙げられる。「永平清規」には、「知事清規」や「赴粥飯法」など、修行僧のために様々な役職毎の勤め方、日常生活における向き合い方が事細かに記されている。中でも「典座教訓」は有名で、修行僧のための食事・台所を預かる役職の重要性を、道元禅師自身の様々な経験とともに記述しており、日常生活の全てが仏道修行であることを説いている事は、他の宗派には見られない大きな特徴と言える。

 曹洞宗の宗旨、なぜそのような教義を起こすに至ったのかを正しく解釈するためには、「禅とは何か」という素朴でかつ根本的な問いに対する答えを求める必要があると考えられる。この問いには答え得るのは、禅宗の開祖とされる達磨の四聖句にあるところの「不立文字」「教外別伝」「直指人心」「見性成仏」の考え方である。「不立文字」と「教外別伝」はそもそも悟りの境地が言葉では伝えられず、以心伝心が重要という考え方である。さらに「直指人心」と「見性成仏」は、修行を通して自身の内なる心に向き合い、そこにある仏心に気づく事を教えている。

 西洋に禅(Zen)を紹介した事で有名な仏教学者、鈴木大拙は、「禅学入門」の中で、「すべての概念の基礎は単純、かつ偽りのない経験であって、禅はこの基礎経験に最大の強調をなすのである。」と述べている。つまり自身の内心と向き合い、精神的洞察を得るための組織的訓練というべきものが禅宗の修行ということになる。鈴木大拙の考察は禅と基督教のような唯一神教や、ヴェーダンタのような万有宗教との比較にも及ぶが、禅は神や霊魂や無限や死後の生命を語ることなく、一般的に考えられるような意味では宗教ではない。坐禅としばしば混同される瞑想についても、禅には神のような想を集中すべき対象がなく、殊更に何かに拘らないことを強調するという点で大きく異なると捉えている。

 では同じ仏教の枠にある原始仏教・密教との差異は何であろうか。原始仏教はその思想・或いは概念という面においてほぼ完成されたものであったと考えられるが、仏教の広域化と時代の変遷による生活様式の多様化に対応する必要に迫られたことは想像に難くない。即ち禅は原始仏教でいうところの在家における修行、日常生活での経験を修行の一環として再定義し、具体的な生活規範を定め、それをも本来の目的たる正覚への道として定めたことが大きな特徴であると考えられる。実際、日常生活との密着した修行の体系は仏教生活とも言えるほど現代日本にも根付いており、原始仏教のままではここまで仏教は発展しなかったのではないかと思える程である。また、密教との差異はより顕著で、禅が個人の内的経験を以って一切とするのに対し、密教はインドの土着の信仰を様々な形で取り込んでおり、火を使う儀式など、ある種の外乱による客観的な神秘経験というものを重要視していることに違いがあると考える。

 最後に同じ禅宗である臨済宗との差異についても論じたい。臨済宗と曹洞宗では政治権力との結びつきの点で大きな差があったことはよく知られている。「臨済将軍曹洞士民」という言葉にも現れている通り、臨済宗は鎌倉・室町の時代より武家政権との結びつきが強く、道元禅師が世俗の権勢に近づかなかったのと対極的である。臨済宗の修行方法の特徴は公案禅、看話禅である。臨済宗の坐禅は公案を考え悟りに至るための手段であり、坐ることそのものを目的とはしていない。「麻三斤」「庭前の柏樹子」「隻手の声」、いずれも論理的思考の範疇では答えに至れない。公案体系は我々古今東西の人間が囚われ続けている論理的思考、二元主義の限界を超越するための訓練方法であり、内的意識の覚醒を促すための触媒として働くものだと捉えれば、その不合理な問題の数々も十分に「合理的」である。看話禅に対する曹洞宗の禅風は「黙照禅」とされるが、曹洞宗では公案を思考方法の学習として座学で学ぶらしい。これは公案を考えるために坐ることで、坐禅の意味がすり替わる事を恐れたためと考えられる。曹洞宗では只管に坐ること、日常で何事にも無心に取り組むことの方をより重視しており、それでも「香厳撃竹」の話にあるように、日常生活の中で何かに気づく一瞬がある、ということではないだろうか。道元禅師が正法眼蔵の最初に記す「現成公案」という考え方は、日常生活におけるあらゆる行いが仏道修行となり得ることを約束してくれるものではなかっただろうか。よって、公案体系を重視する臨済宗とは精神の組織的訓練方法が異なるものの、目指すものは変わらないと考えられる。

 以上のように曹洞宗の特筆すべき宗旨について様々な比較を通して論じてきた。曹洞宗の宗旨には禅宗としての特徴が全て備わり、その中でも日常生活規範は特に細やかで力強く、修行体系として完成度の高さと意義深さを感じられる。このような宗旨の特徴こそが、他にはない曹洞宗の魅力であり、政治権力に近づかずとも民衆に広まり、日本最大の宗派となった理由に違いないものと結論する。

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