• HOME
  • 新着情報
  • 修了レポート 日蓮宗 「日蓮聖人の主遺文たる三大部とその内容の概略を述べよ」

授業情報

修了レポート 日蓮宗 「日蓮聖人の主遺文たる三大部とその内容の概略を述べよ」

日付:2019年8月10日

第二十七期 小林 悟志

一、主遺文・三大部とは 
 日蓮宗では、日蓮聖人が書いた著作や手紙を総称して『ご遺文』・『御書』・『御妙判』と称して大切にしている。現存している日蓮聖人のご遺文は五百点ほどあり、またその他に断簡といわれる完全な状態で残っていない文章が三百五十点ほどある。このような多数存在するご遺文の中の『立正安国論』・『開目抄』・『観心本尊抄』を三大部と称して、日蓮宗教義のよりどころとする重要な三つの遺文としている。

二、三大部概略
 『立正安国論』は、鎌倉時代初期天災地変が続き、中でも正嘉元年八月に起こった大地震は、鎌倉の街を壊滅的に破壊し数万人の死者が発生したと伝えられている時期に書かれた著作である。日蓮聖人は、このような天災地変が発生し民衆が苦しむ根本原因は何によるのかを探るため、駿河国岩本の實相寺の経蔵に二年余り籠り『一切経』を読み解き、千二百六十年(聖人三十九歳)前執権北条時頼に上奏した文書である。『一切経』とは、仏教経典すべてのことで、伝承では「八万四千の法門」といわれているが、実際には、大正十三年から十年の歳月をかけてまとめられた一切経『大正新脩大蔵経』には、全百巻三千五十三の経典が収められている。 

 『開目抄』は、千二百七十一年「悪口の咎」により佐渡へ流罪となった日蓮聖人が、流罪先佐渡塚原三昧堂にて約四カ月をかけて、立教開宗以来続く法難の数々また法華信者への強烈な迫害によって弟子や信者達から湧き起こる『法華経』への疑念、更には『法華経』を捨てて改宗する者が続出し教団の危機的状況に至り、これらを解決のために信者たちに向けて日蓮聖人自身の思想と疑念に答えた書である。「我、日本の柱とならん。我、日本の眼目とならん。我、日本の大船にならん」という三大誓願を顕している。これは、釈迦の直弟子として『法華経』を広める使命を託された人間であるという自覚を顕したことから「人開顕の書」ともいわれる。

 『観心本尊抄』は、正式な書名を『如来滅後五五百歳始観心本尊抄』という。書名の意味合いは、釈迦入滅後は五百年をひと区切りとして正しい仏法が伝わり難くなるという歴史観をベースとして、鎌倉時代はその第五番目の五百年の始めにあたり僧らが互いに自説を主張して譲らず、争いが盛んになり邪見がますという「末法」の世の始まりであり、そのような末法の世の始まりにおける今、観心(自身の内なる仏・仏に抱かれている自身を観ること)と信じるべき本尊について顕した文書である。『開目抄』を著した翌年千二百七十二年佐渡の一谷において著している。

三、『立正安国論』における主意を表す一文
 「あなたは、一刻も早く間違った信仰の心を改めて、ただちに真実の教えである法華経に帰依しなさい。そうすれば、この三界はそのまま仏の国土となる。仏の国土がどうして衰えることがあろうか。十方の世界が浄土である。浄土がどうして破壊することがあろうか。国土が衰えることなく、世界が破壊することが無ければ、おのずからこの身体は安全であり、心には平和な安らぎを得ることができる。これは私の独断ではなく、経文に基づいた真実の言葉であるから、素直に信じ、心から崇めなければならない。それが一人ひとりの安心と社会の平和とをもたらす最善の道である。」

四、『開目抄』における主意を表す一文
 「日蓮は法華経の弘通を決意したとき大いなる誓願を立てた。たとえ、法華経を捨てて、観無量寿経を信じ後生を願うならば、日本の国主の位を譲ろうと勧誘されても、また念仏を唱えなければ父母の首を切るぞと脅されても、日蓮以上の智者が現れて、日蓮が見出した教主釈尊の救いと国土和平の教義を破られない限りは、どんなことがあろうとも自分の信念と誓願を変えることはない。その他の大難などは風に舞う塵のようなものである。教主釈尊の誓願をこの日本国に実現するために、日蓮は日本の柱となって、この国の衰滅を防ぎ支えていこう。日蓮は日本の眼目となって、この国の人々を正しい道に導こう。日蓮は日本の大船となって、この国の人々と国土を救い護っていこう。という三つの誓願は、どのようなことがあろうとも決して破ることはないと誓ったのである」

五、『観心本尊抄』における主意を表す一文
 「今、本門寿量品において教主釈尊の久遠常住が顕されたことにより、この娑婆世界は火災・水災・風災の三災に破られることもなく、成劫・住劫・壊劫・空劫という世界のくり返しをも超えた、永遠の浄土である。久遠実成の教主釈尊は過去の世界に入滅されたこともなく、未来の世に出生されることもない、三世常住不滅の永遠の仏である。その教化を受ける衆生も、この永遠の釈尊と一体なのである。このように末法の衆生は妙法五字の受持によって、久遠の釈尊と一体となる永遠の浄土に住することができるということが、私たち凡夫の心に三千の法界を具えているということであり、五陰世間・衆生世間・国土世間という三世間を具えているということであり、一念三千の成仏ということである。」

六、三大部への私見
 私は、還暦を迎えたのを機に『死への準備教育』として東京国際仏教塾において一年目曹洞宗の宗祖道元禅師、二年目浄土真宗の宗祖親鸞聖人の教えと生き方を学んだ。そして今回日蓮宗の宗祖日蓮聖人を学んだ。鎌倉新仏教は、親鸞聖人・道元禅師・日蓮聖人という偉大な宗教改革者に寄って、従来の貴族や僧侶にのみ可能な複雑な理論や修行及び多額な布施による功徳を廃止、新たに念仏や唱題のような易行の専修で救われるという民衆救済の仏教へと大きく舵を切ったと考える。その中で日蓮聖人いう方は自己顕示欲の強い且つ自意識過剰な野心家とイメージしていた。これがどこで刷り込まれたイメージなのか定かでない。日蓮聖人の国家権力者への上奏を立身出世の野心、他宗折伏を自己顕示欲の表現、再三にわたる刑罰を自意識過剰の顕れとイメージしたのだと思う。しかし今回の学びにより如何に間違ったイメージを植付けていたかを反省する次第である。今回学びの中で日蓮聖人の思想を端的に顕している文字を発見した。その文字は「国と囻」である。日蓮聖人による民衆救済の方法は、国の政策の間違いを正すことによって民衆救済を実現しようとするものであったと考える。それは、現実として現在生きている人たちの命を如何に救うかという一点に集約されると考える。これは、道元禅師や親鸞聖人と全く違う民衆救済方法である。現在の近代国家日本では『あたりまえ』のことであるが、当時官僧でも無い一介の僧が国家権力に対して政策の間違いを正すなど恐れ多いことであり、死を覚悟しての諸行であったことは想像に難くない。このような日蓮聖人の諸行と『法華経』をベースとした『即身成仏』・『現世利益』の思想がほんの僅かであるが垣間見えたような気がする。 合掌

カテゴリー:授業情報

  • 平成31年度(第32期)塾生
    「塾生募集のお知らせ」へ
  • 卒業後、それぞれのあゆみ
  • カリキュラムのご紹介
  • 機関誌「仏教文化」
  • 東京国際仏教塾20年の歩み
  • 塾生統計等
  • プレスリリース

東京国際仏教塾

新宿事務所 〒151-0053
東京都渋谷区代々木2-4-3
町屋事務所 〒116-0001
東京都荒川区町屋1-2-1-3F

TEL:03-3809-5930 FAX:03-3809-5935

ウェブからのお問い合わせ

このページの先頭へ