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インド仏教発見の旅 感想文②

日付:2019年10月10日

ブッダロード参拝のごほうびを象徴するルンビニ聖園
第二十二期 稲津 厚生

 共和国記念日(一月二十六日)で賑わうインドとの国境を越えてネパールに入国。翌朝、釈尊の生誕を記念する中心施設のあるルンビニ聖園へ。履物を脱いで園路を通って、マーヤー聖堂に入る。内部には、アショーカ王が置いたとされる(異説あり)釈尊生誕の地を示すマークストーンがある。その周囲に、紀元前三~後七世紀に存在した聖堂の礎石が広がる。この礎石群から紀元前六世紀のものとみられる木造建築の痕跡が発見され、前六世紀における釈尊生存の証拠とも云われている。ここが釈尊生誕の地とされる根拠は、上記遺跡の近くで発見・発掘されたアショーカ王(紀元前三世紀)の石柱の銘文にある。
 これらの聖堂と石柱の近くには、釈尊の産湯池や僧院跡もあり、国籍・民族多様と思われる参詣者が絶えない。これらを囲む園地には釈尊誕生木の無憂樹などの樹木や草花が植裁され、さらなる外周には、水・緑・野鳥の豊かな田園風景が広がる。このような釈尊誕生の聖地を参詣したが、不思議にも、聖地の旅は帰国後一ヵ月を経た今でも続いている感覚がある。
 釈尊ご母堂のマーヤー夫人にとっては、嫁ぎ先の(シャカ族)カピラ城から、出産のために(コーリア族)デーバダハ城へと里帰りする途上のルンビニ聖園における釈尊誕生はアクシデントで、さらに出産後一週間でのご自身の逝去も想定外だったであろう。ただし道は開け、カピラ城において、父王の後添えとなった生母の妹であるマハープラジャーパティー妃を養母として成長を遂げた釈尊は、母の里から妻ヤショーダラーを迎えて一子ラーフラを授かる。後に出家↓成道↓初転法輪を経て、妻と子を仏弟子として迎えている。時が過ぎて臨終↓涅槃↓荼毘↓分骨↓建塔・埋葬に至る。
 筆者は、釈尊ご生涯の源流にあたる泉としてのルンビニ聖園、という想いに到達した。そしてルンビニを起点とすれば、カピラ城(場所が特定されていない)まで二十~三十km、デーバダハ城まで二十五km=併せて約五十kmの最初期ブッダロードの中に「苦・集・滅・道の四諦」のタネ、そして愛馬に乗った出城から今日に至る釈尊の、すべての功徳(めぐみ)とご回向のタネがあると思う。その意味で①ルンビニ聖園参拝が、仲間と私の仏道再出発の起点になること、②そして、釈尊の時代とサンガと聖地が、ほかならぬ現在における一時(いちじ)と、同行の友との集会と、此処(この場=空間)とに繋がったことを、旅のごほうびとして享受している。



ブッダロードの風景
第二十八期 沖本 裕司

 今回のインド仏教発見の旅では、各地の仏跡を見てまいりましたが、仏跡そのものも驚きや感激があり来て良かったと思いました。しかしながら、今回インドを訪問して強く感じたことは、お釈迦様が見たであろう、歩いたであろう、山々、大きな河、バスで長時間乗っていても変わらない田園風景等を実感できたことです。お釈迦様が霊鷲山で見たであろう五山の山々、舟と徒歩で渡ったであろうガンジス河、涼をとったであろう末広がりの大木、人の話を聞き、お説教されたであろう村々、雨安居をし「世界は美しいもので、人間のいのちは甘美なものだ。」と感慨されたヴァイシャーリなどなど。恐れ多いことではありますが、いろいろな風景をお釈迦様と共有化できたことに感激いたしました。
 佐野先生が言われたように、お釈迦様は特定の場所に定住することなく、ブッダロードを遊行していたとのことですが、このブッダロードの風景や人々に、何を感じ、何を思い、何を見つめていたのであろうかと、到底わかるはずもありませんが、想像が膨らみます。これから経典など仏教を勉強する度に、ブッダロードの風景を思い出すことと思います。



インドで感じた「衆生無辺誓願度」
第二十九期 䅈 敏孝(碩堂)

 大乗仏教は、自らの悟りを目指すと同時に、他人の救いも目指す生き方を目標にしている。今回、お釈迦様がお生まれになり、悟りを開かれ、説法をされ、お亡くなりになられた聖地をバスで約一千キロ巡らせて頂いた。その際、道中では多くの物乞いをするお年寄りや子供達を見た。また、道端に木や草の葉で覆った家に住んでいる人達も居た。学校にも行かず、平日であるにも関わらず、家の周りで遊んでいる子供達も沢山見かけた。大人も男女を問わず、家の周囲に座り込んでいる人達も居る。一方、インドは気候と自然環境に恵まれ、食べ物は豊富で輸出もしており、食べる事には困らないらしい。この人達に「もっと勉強して、働いて、収入を増やしては...」と言ってみても始まらないのではないかと感じた。現在の自分の目線で「他人を救う」と考えることにどれだけ意味があるのか。お釈迦様は「こうすべきだ」と説かず、常に対機説法で相手に合わせて「法」を説かれたと言うが、インドの現実を目の当たりにして、改めてその大切さを感じた。
 同行して頂いた佐野先生が、バスの中で「知識として仏教を知るのではなく、他人の話を聞いて、自分で考えることが仏教では大切」とお話されたことや、日本の川と比較にならない広大なガンジス河が、火葬後の遺体も含め、全てをその流れの中に取り込んで浄化して流していく(私も手を洗わせて頂いた)姿を見ても同じことを感じた。
 今回の旅で、「衆生無辺誓願度」で大切なのは相手の立場に立つ「同事」が大切であると改めて感じた。有難うございました。
 「ガンジスが、一切流して、笑み残す」



お釈迦様が現代の日本をご覧になったら
第三十一期 赤羽 和久

 東京国際仏教塾主催の「ブッダロードインド仏教発見の旅」から戻っていつの間にか一ヶ月が過ぎました。私にとって、あれは夢ではなかったかと思うくらい濃密な旅でした。
 仏教が誕生したインドと大陸を経て風土に浸透した日本とで、まるで国柄が違っていることは本当に驚きです。現代において、日本はインフラが高度に整備され、農産物も工業製品もあふれるほど満ち満ちている。一方、インドでは田園地帯を走る道路傍の貧しい家並み、街中では車の騒音と大渋滞...。単純にこれだけ見れば、インドより日本の方が便利で快適な社会といえるかもしれない。しかし、寺院などの観光地で小さな子供たちの物乞いに遭遇して、私は可哀そうというより、何とも言えぬ気恥ずかしさを感じた。児童虐待の急増、大量の売れ残りの廃棄、凶悪なあおり運転、高齢化する多くのニート...。お釈迦様が今の日本をご覧になったら、何とおっしゃるのか? 今もインドから多くを学ばなければならないと強く思います。

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