卒業後、それぞれのあゆみ

悲しみに寄り添う僧侶をめざして

第二十三期 永峯治寿(僧名:壽文)

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 私が副住職を勤める開眼寺は、長野県千曲市の姨捨駅近くにある、静かな佇まいの小さなお寺です。我が師匠であり開眼寺住職である柴田文啓和尚が、空き寺であった開眼寺を徐々に整備し、小さいながらも凛とした雰囲気のあるお寺に造りあげられました。

 柴田和尚は、日本の仏教文化の素晴らしさを讃えつつ、この文化が衰退しつつあることに大きな危惧を抱いています。過疎化、「家」への無関心など檀家制度が形骸化する中、僧侶がもっと社会に積極的にかかわり、新しい僧侶の姿を開拓していく必要があると考えています。そのお考えに共感するとともに、和尚の素晴らしい人間性に惹かれ、気付けば自分がここまで来ていたという感じです。

 私の現在の活動は、通常の僧侶としてのお勤めの他に、東京で自営業をしているため東京禅センター(臨済宗妙心寺派運営、世田谷区野沢にあります)において、 様々なお手伝いをしています。さらに、臨床僧(ビハーラ僧)を目指すべく、研修を受けています。

 この臨床僧になるための研修において、自分は患者さんのグリーフ(深い悲しみ)に寄り添うということの重大さと、大変さを身をもって感じました。研修中は、グループワークの仲間と「泣いて、笑って、喧嘩して」で普段出さない感情をストレートに出し、単独で病室を訪問し患者さんの心の重荷に寄り添います。研修が終わるころになると、患者さんとの別れで泣きそうになったりします。このような研修を経ても、実際に病院に入り、臨床僧として独立して活動するには何度かの訓練を経なければならなくなると思います。

 グリーフケアを行う宗教者(臨床僧)に対して、門戸を開いている病院は現状ではごく少数です。様々な原因が考えられますが、一つに僧侶の方々で積極的に臨床僧になろうとする人がまだまだ少数だということが理由に挙がると思います。一人でも多くの僧侶が人々のグリーフに寄り添うような活動を行ってくださればと考えています。

 グリーフケアの研修中、同期の看護師さんも「宗教者にしかできないことがある。私たち(医療関係者)はもっと僧侶の方々がグリーフケアの分野にかかわって欲しいと思っている」と言っていました。僧侶ができることは、沢山あります。先に述べた臨床僧の活動は多くの分野のうちのほんの一例です。社会には様々な問題が起こっています。その問題に取り組むべき「新しい僧侶の姿」は社会からも強く求められているのではないかと感じています。

 現在、臨済宗妙心寺派では、定年を迎える社会人を対象に、「僧侶になって、仕事や人生の豊富な経験を、人のために生かしてみませんか」と、僧侶志願者を全国から募っています。このような流れの中で、新しい仏教文化が芽生えるための一翼を担える仲間が、独りでも多く増え、ともに活動できることを心から望んでいます。

仏教塾と死生観

第ニ十四期 山寺邦道(僧名:山寺邦道)

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 私は、東京国際仏教塾の二十四期生である。

 私の入塾の動機は、古希を目前に控え、以前からの念願であった東京国際仏教塾に入塾し、仏教に関する基礎的な知識を体系的に習得することにあった。

 期待どおり教育内容及び担当教授陣共々、目本の仏教塾の中では最もレベルの高い教育機関であると思っている。すなわち仏教系大学の仏教学部等と比較して勝るとも劣らないものと確信している。また受講生の方々も、既に仏教に関しかなりの知識を持っておられる方が多かった。仏教に関する自己のポテンシャルを更に高めたいという真摯な気持ちが強く、また人間的にも立派な方ばかりであった。したがって、極めて有意義な受講ができたことを今更ながら感謝している。

 東京国際仏教塾卒業直後、突然妻を亡くし残余の人生を妻の供養に捧げるべく、出家得度の決意をした。そして幸いにも縁あって元曹洞宗管長板橋興宗禅師様を導師として出家得度することができた。現在は曹洞宗の僧籍に登録され、正式な僧侶となり福井県御誕生寺徒弟として、千葉県で修行中である。

 さて、僧侶の職務は、端的にいって二つあると考える。その一つは、周知のとおり現代日本社会において、死者に引導を渡す葬儀を執り行うこと、もう一つは、むしろこの方が本来の大切な任務であるが、悩み苦しんでいる人々の心を救済することである。

 この任務を遂行するために厳しい修行に耐え、そのための研鑽と自己陶冶に励まなければならないわけである。悩める人々の心を救済すべき根本は何か。それは煎じ詰めれば人生の生老病死等の苦の解決である。そしてそれは、煩悩の世界に生きている人々の死生観の参究に外ならない。したがって、目下亡き妻に対する悲嘆からの超克を胸に、死生観の参究にのめり込んでいる。

 私は、毎朝一時間の勤行をしているが、その時線香とローソクの火を見ながら時々人生の諸行無常が我が脳裏をよぎる。勤行が終わるころには線香もローソクも既に燃え尽きている。人生もしかりである。人の一生は一瞬にして終る。

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 人間は必ず死ぬという厳粛な事実は、私たち人間にとって未来永劫変わることはない。この厳粛な事実に立って、それではどのように生きるのが最良なのか。私は妻の死を契機として、死生観についての自叙伝を平成二十七年の夏に出版した。(山寺邦道 『死生観』パレード出版 定価1,600円+税金)

 我々僧侶は、真っ向から死と対峙することが主任務である以上、死生観参究から避けて通ることはできない。したがって、お近くの書店あるいは、ネット(アマゾン)等を通じて本著を購入され、死生観研究の一助になれば著者にとって望外の喜びである。

合掌

僧侶と趣味に生きて

第二十期 田中新二(僧名:釋信成)

sotsugyousei_04.jpg「お茶を楽しむ会」で茶道の指導!

 私の入塾動機は、還暦を迎え、退職後の人生で最も自由な時間が持てると思い、第二の人生を自由気儘に過ごしていました。そんな折、友人の不幸に出会いました。その"友人の死"を目の当たりにして、命の儚さを感じ、その慰霊と自戒の念を込めて、四国八十八ヵ所の歩き遍路に挑戦したのです。

 "遍路とは歩くことなり"とはいえ、大変な苦痛を伴う道中でした。約1200kmの行程を48日間かけて結願! お遍路で学んだ「ご縁の世界」、「ほとけの心」を想い起こしていた時、ある雑誌の仏教塾塾生募集記事に「生と死を超える道を求めて」の言葉に魅かれて、入塾を決意した次第です。

 早いもので入塾して8年が経ちます。入門課程を経て、専門課程で浄土真宗を選択し卒業。引き続き得度コースで学び、翌年9月大洞塾長が住職を勤められる無量寿山光明寺(岐阜市)で得度を受けました。その後は、東本願寺伝承声明学院で、平日声明講座、専修講座、実践指導講座等で声明、教学、作法等を学び、現在も修行を続けながら法要などの法務を勤めております。

 傍ら、何か人様のお役に立てばと、趣味を活かして「地域福祉を考える会」で、独り者の高齢者と食事と会話を楽しむ会に参加しています。定年後取得した調理師免許を活かし、調理担当として、地産の食材で手作りの温かい食事を提供します。時には、仏さまや仏教に関わるお話などもして、好評を博しています。

sotsugyousei_05.jpg調理師として地域福祉に参加!

 私は会社勤務の時は、転勤族で北海道から九州まで転々としていたため、地域との接触がほとんどありませんでした。何か自分にできることはないかと考え、自治会活動に参加。一つは、高齢者向けの「お茶を楽しむ会」で、体を養い心をときほぐすことです。

 裏千家で学んだ茶道を活かし、お茶を点て、季節感のある和菓子を味わうとともに、美味しい抹茶を飲みながら和気藹々と過ごす時間は格別です。また、光明寺の初級講座においても、茶道指導をしているところです。二つには、健康麻雀の地域指導員として、麻雀をスポーツゲームと位置づけ、指先と頭脳を使い、脳トレ、老化防止そして適度な会話と笑いに興じながら、明るく楽しくをモットーに勝負を競い合うことは、まさに長生きの秘訣です。

 超高齢化社会が想定される現代において、自治会は顔の見えるご近所付き合いの入り口でもあり、"遠い親戚より近くの他人"の有難さを痛感しています。そして人様の世話にはならぬ、という決意もさることながら、少しでも人のお役に立ちたいという心掛けが必要なのではないでしょうか。そして少しは他人に甘える、その代わり"ありがとう!"の感謝の気持ちを常に忘れないことが、とても大切なことではないかと肝に銘じ、今日も元気溌剌と過ごしています。

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