願わくは 花の下にて 春死なむ その如月の 望月のころ

「叶うなら、満月のお釈迦様の命日に、大好きな満開の桜の下で死のう」

なんてロマンティック! なんて夢見る人! 桜も、お釈迦様も大好きなんだなぁ!と、この和歌を聞いたときに感じ入った人も多いでしょう。

この和歌を詠んだ歌人は西行法師。俗名、佐藤義清、藤原氏の流れを組み、鳥羽上皇の警護も担ったエリート中のエリートです。出家したのは23歳の時、平安時代末期の保延6(1140)年。出家したお寺は京都の西山連峯のふもとにある白鳳8(679)年創建の古刹、小塩山大原院勝持寺です。西行がなぜ出家に至ったか「本人が出家の理由を語ったものは、なにも残っていません。受戒師とも縁がないお寺でした。そんな謎があるから惹かれる人が多いのでしょう」と勝持寺のご住職。ただ勝持寺は当時から山桜が見事、桜の名所でした。桜の和歌を詠み、桜を愛でた西行には、このお寺で出家することそのものに意味があったのかもしれません。

勝持寺の境内を歩くと、3代目となる八重のしだれ桜があります。西行がこよなく愛した桜です。これを〝西行桜〟と呼び、3月の終わりの1週間、この寺を訪れた客人を迎えます。

日本人のDNAの中に「サクラ-桜-」がすり込まれているとしか思えません。春の足音が聞こえ始めるとソワソワ。今年は残念ながら桜の下での宴会は中止要請があり、寂しいばかりです。せめて西行の和歌、

風さそふ 花の行方は 知らねども 惜しむ心は 身にとまりけり

という気持ちで桜を見上げ、散歩でも楽しみましょう。

取材協力/天台宗 勝持寺 京都市西京区大原野南春日町1194 TEL:075・331・0601

勝持寺の西行桜

西行が愛した桜も3代目に

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