『ダンマパダ』 に見る

原始仏教のいろんな経典を読んでおりますと、 これについてはどの経典も書いているのです。 老いと死を、です。 病は経験的に当然わかることですからあまり書いておりませんが、 『ダンマ パダ』 を見ますと、 第11章が老いることという章なのです。 真理の言葉という 『ダンマ パダ』 です。 原始仏典のお経でありますが、 そこの第11章を皆さんご覧いただきますと、 テーマが老いることなのです。 老いることとは、いったいどういうことかということが書いてあるわけです。 それを読むと、 例えばこんなことをいっているんです。
「この容色は衰え果てた (顔色も衰え果てた)。 自分の体は病の巣であり、 もろくも滅びてゆく。 あるいは腐敗の塊でいずれは破れてしまう。 生命は死に帰着する」
こういうようなことが書いてあるのです。 だから、 老いることのどの章を見ても、 そのようなことをくどくど言っているだけでが、 必ず人間は衰えていくということなのです。 体は分解している。 最後には死に至るのだと。 それが老いるということの要点であるわけです。 これはどんなに頑張ってもだめなのです。
ただ現在、 医学が発達したり、 栄養が良くなったりしておりますので、 今は80ぐらいが 「まだ80では」 と。90代ぐらいになって亡くなると 「ちょうどいいときだ」 なんて言われるでしょう。70代で亡くなったりすると、 「あんなにお若いのに」 と言われるでしょう。 だから随分変わってはいるんです。
そういう感覚が昔より20年延びているんです。 しかし、 それはただ延びただけであって、 いずれは同じなのです。 どんなにそれは体を鍛えてもだめです。 体というのは鍛えればいいんだなんて大間違いです。 鍛えたってやっぱりボロボロになっていくんです。

こちらは、東京国際仏教塾第12期開塾式の特別講演で鎌田茂雄先生にお話しいただいた内容を抜粋して紹介しています。
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