ガンジスの流れ
ガンジス川の川岸にたくさんの沐浴場があります。 そこで見ておりますと、 ヒンドゥー教徒はみんな水浴をしております。 聖なるガンジス川の水を頭にかけまして、 あるいは体にかけてみんな水浴しています。 それはとてもすばらしい眺めだと思います。
そして、 その水浴をしているすぐ横では死体を焼いております。 亡くなった方の死体を、 薪を積んで油をかけまして焼いているのです。 何時間かして焼け落ちますでしょう。 その灰をガンジス川へ流します。 ガンジス川を流れた灰はいずれ天に昇っていくということで、 ヒンドゥー教徒は灰をみんなガンジス川へ流す。 その灰が流れているところで、 片方の人はガンジス川の水をすくってうがいをしています。 灰がそばを流れていても平気なんです。 聖なる川がみんな清めてくれるでしょう。
日本人の感覚だと、 何だか灰の流れる水でうがいするのはどうも、 という感じがするでしょう。 それは日本人は極度に発達した衛生思想を持っていますからそういうので、 そうじゃなければどうってことないのです。 みんな聖なる川の中へ流れてくる。 そしてうがいをしたり、 体を清めているわけでしょう。 それをじっと見ていますと、 それは生と死が一緒なのです。 生と死が共存しているわけです。
もしそちらのほうへいらっしゃいましたら、 眺めると言っては失礼ですが、 写真を撮ると怒られますが、 沐浴はいくら写真を撮ってもいいでしょうけれども、 あまり死体を焼いているところをそばで撮るというのは、 やっぱりまずいんでしょう。 撮らないでくれと怒られることもあると思います。
こちらは、東京国際仏教塾第12期開塾式の特別講演で鎌田茂雄先生にお話しいただいた内容を抜粋して紹介しています。
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