沖縄の「エイサーと仏教」⑨

東京国際仏教塾卒塾生の並木浩一さんによる書き下ろしエッセイを連載でお届けします。第2部の2回目になります。

念仏踊は福島から伝わった

エイサーは念仏踊りから始まったとして、いつどこからその歴史がスタートするのでしょう。その定説となっているのが、内地から当時の琉球国に渡ったひとりの僧侶の存在が浮かび上がります。袋中(たいちゅう)上人と呼ばれる浄土宗の僧が、その功労者であると言われているのです。袋中は京都の檀王法林寺ほか、いくつもの寺院を創建したことで知られていますが、エイサーとの関わりはその前のことです。
1552年生まれと伝えられる袋中は当時の中国を支配していた明(みん)への留学を志し、琉球経由での渡航を試みました。しかしながら明への渡航は果たせず、袋中は那覇に留まり、再度の機会をうかがいます。琉球王国での滞在は3年に及びました。この間に袋中は沖縄に浄土教を広めることになります。琉球国王である尚寧王の知遇を得た袋中により、沖縄に念仏の教えが伝わったのです。この袋中の教えが、沖縄の旋律と融合し、エイサーの謡に変化していったと考えられています。伝統的なエイサーで謳われる内容には、仏法説話の影響がいまも色濃く見られます。
ところで袋中は、陸奥国磐城郡磐前村、いまでいう福島県いわき市の出身です。この地で念仏というと、踊念仏の一種である「じゃんがら念仏踊り」が有名です。こちらもエイサーと同様に、盆に行われる念仏の芸能であり、本来は鉦や太鼓を打ち鳴らしながら家々を回るものです。このじゃんがら念仏踊りの起源に、袋中が関わっていたのではないか、という説もあります。  -つづく-

Profile:並木浩一(なみきこういち)
1961年横浜生まれ。桐蔭横浜大学教授。時計ジャーナリスト。ダイヤモンド社「ダイヤモンド・エグゼクティブ」「TVステーション」両誌編集長、編集委員を経て大同大学教授(メディア論・芸術論)、2012年より現職。編集者時代に東京国際仏教塾9期入塾、「仏教を学ぶと、生きるのが怖くなくなる」と実感し、専門課程を経て浄土真宗で得度。「沖縄のエイサーと念仏」についても研究中。

#東京国際仏教塾 #仏教を学ぶ #仏教を知る #並木浩一 #沖縄