空〜あるでもなく、ないでもない〜
龍樹(ナーガルジュナ)は2世紀頃の南インドで大乗仏教の根幹を築き、「空」の論理を確立した高僧で、八宗の祖とも称されます。
「空」とは、すべてのものは、固定した実体や不変の本質を持たないことを意味します。
龍樹は、お釈迦様の説いた、あらゆるものは、他の存在との関係性の中で常に変化し続けるという「縁起」の道理を「空」として体系化し、深化させました。
その代表的な著書『中論』の冒頭には、「八不」という教えが登場します。これは、空性を八つの否定で示しており、それにより私たちの固定的なものの見方を打ち破ることを目的としています。
「八不」
不生(ふしょう): なにものも生じない
不滅(ふめつ): なにものも滅しない
不断(ふだん): なにものも断滅しない
不常(ふじょう): なにものも常住しない
不一(ふいち): なにものも同一ではない
不異(ふい): なにものも異ならない
不去(ふこ): なにものも去らない
不来(ふらい): なにものも来たらない
一見矛盾するこれらの否定は、私たちがものごとを、有無、善悪、大小、高低などと二つに分けて二元論的に捉える傾向を打ち破り、すべてのものが関係性の中で存在し、常に変化するという縁起の真理を明らかにし、執着や苦しみから解放される道を示しています。
龍樹は『中論』の中で、縁起の道理を説いたお釈迦様を称賛し、「戯論(形而上学的論議)の消滅という、めでたい縁起のことわりを説きたもう仏を、もろもろの説法者のうちで最も優れた人として敬礼する」と述べています。
仏教学者・思想家の鈴木大拙は、龍樹の思想に通じる東洋的なものの見方を「不二」という言葉で表現しました。著書の中で、「東洋思想の根本理念は不二である。不二はすなわち一なり。一は万物の一体性を意味する。」「東洋人のものの見方は、西洋人のように二元的でない。東洋人は、物事を二つに分けて考えない。彼らにとっては、世界は一つの全体であり、すべてのものは互いに関連している。」(『東洋的な見方』)と述べています。
龍樹の「空」の思想は、私たちが物事を固定的に捉えることを戒め、変化し続ける世界の中で、より柔軟に、そして穏やかに生きるための仏の智慧を与えてくれます。

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