禅和尚のぶつぶつ② 啐琢同時(そったくどうじ)

前回はイントロとして、航空会社の旅客ハンドリングでは、色々なトラブル対応が仕事という全般的なお話をいたしました。
今回は、先輩からの禅問答的な指導を受けたことについてお話します。

私が入社した1970年の航空会社は、見かけは最先端の会社でしたが、空港の現場はまだ殆ど手作業の時代でした。ですから、サービス業の先端をいく会社というよりも職人のような技量が求められている雰囲気が濃厚でした。
そのころの航空券は金券であり、行先、料金だけでなく、往復割引の期限などの情報が満載でした。私の指導教官は搭乗口で200人位のお客様に挨拶、数え直すこともなく、人数を把握。むろん、券面チェックを一瞬に済ませ、必要なお客様からは追徴も頂き、定刻通りに飛行機を出発させていました。

私が1カ月ほど経ち、やっとひとりで搭乗口の仕事をしている姿を見た、その先輩は「お前は真面目過ぎるから、まだ駄目だな」と、まるで禅問答のような、理解できないことをいうわけです。仕事に真面目に取り組んで何が悪いのか、全く見当がつきませんでした。

少し慣れたある日、搭乗手続きを一人で行っているとき、細かいチェックはお客様が少なくなった最後にすればいいのでは?と気付きました。すると、それまで大きな「流れ」や「塊」にしか見えなかったお客様が、ひとりひとり、はっきりと見えてきたのです。
その時からです。たとえば、臨月が近い妊婦の方にはカウンターで誓約書を頂くのですが、それが届いていない。その場合は、搭乗手続きの前に、お客様に予定日を再確認する。ゲートの前のベンチで寝ている人は、多分この便のお客様だろうから、最後に起こして確認しようと、少しずつ余裕が生まれるようになりました。どこからか見守ってくれていたのか、くだんの先輩は、私に仕事を任せても安心だと、しばらくして自分はロビー内の喫茶店で休憩といった様子でした。

啐琢同時(せったくどうじ)という禅語があります。
卵がかえる時、ヒナが内側からつつき、それと同時に親鳥が固い殻を外からつついて破ること。タイミングが同時でなければなりません。ひいては、弟子の成長度合いに併せ、師匠が一押しする意味と理解しています。

OJT (On the Job Training)は、仕事を説明すれば良いと思われがちです。
しかし、仕事は説明するだけで終止していいのでしょうか。私の場合は、先輩の観察と「真面目過ぎる」と言い放たれた言葉で、自分で考え、工夫し、視野が広がりました。親鳥のタイミングを合わせたかのようなひと突き—これがあって、目の前のことに集中しながらも、常に俯瞰で全体を見ていく心持で取り組めるようになったのです。
今でも、私の殻を破ってくれた先輩に感謝しています。

太田宗誠
合掌

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