彼岸と此岸

お彼岸で先祖の墓にお参りに行かれた方も多いでしょう。
お彼岸の意味を知ると、お参りは義務ではなく、意義深いものになるはずです。

仏教では、この世を「此岸」といいます。それに対しての「彼岸」。彼岸とは、さとりの境地である清らかな世界、極楽浄土のことです。

唐の善導大師が『観無量寿経疏』の中で説いた教えが描かれた『二河白道図』。これをお寺や博物館でご覧になったことはありませんか。この図がまさに、彼岸と此岸を顕著に表現しています。

改めて、言葉で表現するなら…
東側の河のほとりにたどり着いた旅人の背後から、凶暴な獣や毒虫、荒くれ者などが迫っています。目の前の河には西側へ向かう幅15cmほどの白い道があるだけ。しかも河の南側からは火が、北側からは水が、その細い道にかかっています。旅人は思います。ここに留まってはおそらく死ぬだろう。河に進んでも落ちるかもしれない。そんな時、声が聞こえてきます。東の岸からは「この道を行きなさい」。それはお釈迦様の声です。西の岸からは「こちらにおいでなさい」。それは阿弥陀様の声でした。
ならば、その声を信じ、どんなに細くとも、邪魔が入っても、この白道を行くと決め、歩みます。

つまり、手前がこの世=此岸。河の先が極楽浄土=彼岸。火の河が瞋憎(怒り、憎しみ)、水の河が貪愛(愛欲、我欲)。阿弥陀様の声を信じ、一心に白道を歩めば、どんな人でも彼岸=極楽浄土に到達出来るという意味になります。

昨今は墓じまいのことを取り上げられることが多く、「わざわざ」と感じている方がいらっしゃるかもしれません。しかし、先祖がいてくださったから、今の私が存在しています。その縁は切れることはありません。此岸にいる私たちと彼岸にいるご先祖と繋がる場所がお墓。だから、その縁に思いを馳せ、感謝し、近況を伝えにお墓参りに行くのです。

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