【コラム】拳と禅:達磨大師が伝えた「空手」の真理(1)

皆さんは「空手」と聞いて何を思い浮かべますか? 鋭い突き、華麗な蹴り、あるいは瓦割りのパフォーマンスでしょうか。しかし、空手の道着に袖を通すとき、私たちは図らずも2500年の仏教の歴史を身にまとっているのです。

今回は、空手のルーツと言われる達磨大師(だるまさん)の教えを紐解きながら、なぜ「空(から)」の手が「悟り」に通じるのかを探ってみましょう。

1. 伝説の始まり:少林寺の「へこたれない」修行

伝説によれば、禅宗の開祖・達磨大師は、インドから中国の少林寺へと渡りました。そこで彼が見たのは、長時間座禅を組みすぎて、体力が衰え、居眠りをしてしまう軟弱な僧侶たちの姿でした(なんとも人間味がありますね)。

そこで達磨大師は説きました。 「心と体は一つである(心身一如)。体が弱ければ、高い悟りなど開けるはずがない」

彼は、自身の著したとされる『易筋経(えききんきょう)』などの教えを通じ、僧侶たちに肉体を鍛える術を授けました。これが「少林拳」となり、後に沖縄へと伝わり、現在の「空手」へと昇華していったのです。(事務局) (次回に続く)