【コラム】拳と禅:達磨大師が伝えた「空手」の真理(3)
3. 達磨大師の『血脈論』に見る「拳の極意」
達磨大師の言葉をまとめた『少室六門』の一つ、『血脈論(けつみゃくろん)』には
「心こそが仏である(即心是仏)」と説かれています。
仏や悟りは外部にあるのではなく、自分自身の「心」そのものであると説きます。外に仏を求めて修行したり、経典の文字に執着したりするのではなく、自分の心の本源を見つめることの重要性を強調しています。
つまり「自分の心を見つめなさい」は、空手の稽古においても、対戦相手と戦っているようでいて、実は「自分の中の恐怖」や「楽をしたいという怠慢」と戦っています。
「外に何かを求めるのをやめ、自分の心の中にこそ真理があることを知りなさい」という、禅の根本思想を説く非常に深い教えです。
4.道場は「自分と出会う場所」
空手家が礼に始まり礼に終わるのは、相手を敬うと同時に、修行の場を聖なる「道場(菩提道場)」とするためです。
もしあなたが日々の生活でストレスや不安を感じているなら、少しだけ空手の所作を意識してみませんか? 背筋を伸ばし、深く息を吐き、心を「空」にする。そこには、1500年前に達磨大師が壁に向かって座り続けたときと同じ、静寂な強さが宿っているはずです。
「七転八起」 だるまさんのように、何度倒れても「空」の心で立ち上がりましょう。

「健康空手」は、呼吸法を重視し、お子さまや高齢者でも無理なく行えるように身体の動きを緩やかにし、ストレッチや軽い体操を取り入れた健康増進に役立てられる運動を取り入れ椅子に座ったままでも体験できます。町屋光明寺で開催されている「健康空手」には塾生も参加しています。
『易筋経(えききんきょう)』抜粋
「譯曰:佛祖大意,謂登正果者,其初基有二:一曰清虛,一曰脫換。能清虛則無障,能脫換則無礙。無礙無障,始可入定出定矣。知乎此,則進道有其基矣。所云清虛者,洗髓是也,脫換者易筋是也。……」
(訳:仏祖の大意は、正果に登る(悟りを開く)初基には二つある。一つは清虚、二つは脱換。清虚なれば障(さわり)なく、脱換なれば碍(さまたげ)なし……清虚とは洗髄、脱換とは易筋のことである。)
http://www.360doc.com/document/17/0502/17/890914_650372708.shtml

