NEW!仏教を「生きた学び」として体験する(2)
― 東京国際仏教塾・第一回修行(2) ―
第一回修行(1)からの続き
二日目からは講義もさらに具体的になりました。
午前は「僧伽(サンガ)」について、仏教教団の成り立ちや戒律を学び、午後は「寺」をテーマに、寺院の起源や役割、そして現代寺院の課題について考えました。
野坂住職の二日目の講話は「行軌作法」。
神仏を敬う心と厳粛な態度、その心を形として表す作法の大切さ、読誦に向かう心構えが語られ、最後は道元禅師の
「威儀即仏法 作法是宗旨(心は形にあらわれ、形は心をつくる)」
の言葉で締めくくられました。
夜には、希望者を対象に法華太鼓の指導も行われました。塾の先輩である関口師・栁沢師の実演のもと、実際に太鼓を打つ体験は、勤行への理解を一層深める貴重な時間となりました。
最終日は、先輩方も交えたフリーディスカッション。
修行の感想や疑問、仕事や日常生活の中で仏教をどう生かすか、日蓮上人の教えや日本仏教の歴史まで、多くの率直な問いが交わされました。
閉講式にて、大熊学監は
「慣れないことも多かったと思いますが、一つひとつの行いには意味があります。ぜひ、ここで体験したことを日常に持ち帰り、続けてください」
と語られました。
野坂住職も
「学んだことを、日々の生活の中で生かしていただきたい」
と、今後の歩みへの期待を寄せられました。
妙厳寺では毎年夏に、子どもたちがお寺の生活を体験する「山寺留学」が行われています。
今回の第一回修行は、まさに“大人の山寺留学”。
日常とは異なる環境に身を置き、仏教を頭だけでなく、身体と心で味わう三日間は、多くの受講生にとって、自分自身の生き方を静かに見つめ直す大切な契機となったことでしょう。

梵鐘を撞く塾生 早朝の静寂に響く梵鐘(規則正しく撞き、お題目を唱えます。)緊張していますが、すがすがしい!
仏教を「学ぶ」から、「生きる」へ
―― 第一期修行・参加者の声より ――
東京国際仏教塾の第一回修行は、千葉県大多喜町・日蓮宗法受山妙厳寺にて、二泊三日で行われました。
朝勤・唱題行・講義といった修行の根幹はもちろん、作務や食事、入浴に至るまで、すべてが仏道の学びとして貫かれた時間でした。
参加者の多くが口をそろえて語るのは「仏教は知識ではなく、日常そのものに息づく教えだった」という気づきです。
「生命をいただく」ことに目覚める
食事の作法を通して教えられたのは、「生命を無駄にせず、余さずいただく」という姿勢。
それは修行を終えた後も、日々の食卓や生活の中で生き続けています。
家族の何気ない合掌の姿に、あらためて仏教の深さを感じたという声もありました。
忙しさの中で、心が整う
起床から就寝まで決められた流れの中で、無駄なく動く。
最初は大変でも、次第に「雑念が消え、心が澄んでいく」感覚を得たという感想が多く寄せられました。
効率よく動くことが、自分を縛るのではなく、心を自由にすることを実感した三日間でした。
宗派を超えて出会う「同じ仏教」
臨済宗・日蓮宗など、宗派の違いを超えて参加した塾生たちは、
「違いはあれど、目指すところは同じ仏道」であることを、体験として理解していきました。
座禅、読経、作法の一つひとつに共通する精神性が、自然と胸に落ちていきます。
利他に生きるという問い
講話の中で繰り返し語られたのは、「利他」の精神。
自分中心で生きてきた日常を振り返り、
無駄や執着に気づき、生活や考え方を見直そうとする参加者も少なくありませんでした。
修行後、「断捨離を始めた」「感謝の言葉が増えた」という声も聞かれます。
支え合う学びの場
何より印象深かったのは、住職や講師、卒塾生スタッフの温かな姿でした。
厳しさの中にあるやさしさ、自然と手を合わせたくなる立ち居振る舞い。
「この人たちと学びたい」「ここでなら続けられる」
そう感じたことが、入塾を後押ししたという声もあります。
仏教塾で得られるもの
それは、悟りの言葉を暗記することではありません。
日常を丁寧に生きる視点、
自分と他者を同時に大切にする在り方、
そして、仏教を「生きた教え」として受け取る体験です。
はじめて仏教に触れる方も、宗派の経験をお持ちの方も、
ここには、それぞれの歩みに応じた学びがあります。
仏教を「学びたい」と思ったその気持ちこそが、すでに第一歩です。
東京国際仏教塾は、その一歩を、確かな歩みへと導く学びの場です。(次号に続く)

