禅和尚のぶつぶつ⑮ 水と氷

日頃坐禅指導をさせて頂いている妙心寺派の東京禅センターでは、坐禅体験の最後に白隠禅師坐禅和讃を皆で詠みます。出だしは「衆生本来仏なり 水と氷の如くにて 水を離れて氷なく 衆生のほかに仏無し」です。

ここでは水と氷は、衆生と仏という対の例として紹介されています。水と氷は全く同じ素材であり、別物ではないのですが、状況によって形を変えます。

ふと思ったのですが、それって心も同じではないでしょうか?

水が冷えると固まって氷になります。心も何かに集中すると、他の意識が薄れ、そのことに意識が集まって、ある意味固まっていきます。
ここからです。
氷は冷やしすぎると却ってボロボロに崩れやすくなります。心もはじめは良い集中力でまとまっていきますが、それが過度になると却って疲れてきて、ボロボロに壊れていきます。
水はいつも流れようとします。障害物があれば乗り越え、時によってはその周りを回避してでも流れを止めようとしません。

それに倣って、疲れて動きにくくなった心を水の様に柔らかく戻してあげることが肝心です。
諸行無常の言葉通り、柔らかい心は次から次へとやってくる変化や障害を、休みなく軽々と乗り越えていくことができます。

たまに大きな岩があれば、他の人の評価を気にせず、それを回避して進みます。

ある人が言っていました。
「水の中に魚は住めるが、氷の中では生きられない」と。
流れを止めない水は、柔らかく命を包んでくれます。同じく柔らかい心が変化の激しくストレスの多い現代を、イキイキと生き抜くことを可能にしてくれるような気がします。

坐禅には、そんな心の状態を静かに見つめ、行き過ぎていれば元に戻して、命の流れを止めずに生かしてくれる役割があります。

太田宗誠  合掌

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