浄土真宗専門課程を学んで

第34期 M.H.

「浄土真宗に修行はない」という言葉に惹かれて、専門課程に浄土真宗を選びました。年齢的にも体力的にも厳しい修行には耐えられないと思ったのが正直な気持ちです。また、阿弥陀様は老若男女問わずすべての人を救い取ってくださるという教えが素晴らしいと感じたことも浄土真宗を選んだ理由の一つです。

11月から始まる専門課程を前に声明のCDを渡され、10回以上聴くようにと宿題が出されました。聴いてはみたのですが、この声明を自分で読誦するのかと思うと気が遠くなりました。専門課程が始まり先生からご指導いただくのですが、拍の取り方、音の上り下がりが難しく全く詠むことができませんでした。これは困ったと、通勤時間を利用して一日4~5回CDを聴き、家では家族にお念仏を聞かれるのが恥ずかしいため、小声でぼそぼそ練習しておりましたが、犬の遠吠えにしか聞こえないお念仏に情けない気持ちを通り越してあきらめの境地に陥りました。「修行はない」と思っておりましたが、これこそ厳しい修行だと恨めしく思いました。それでも毎日聴き続けていると、一日でも聞かない日があると、何か忘れ物をしたような感覚が生じました。そして、不思議なもので、声に出して詠むと少し晴れやかな気持ちになるようになりました。

5か月間宗義を学ぶなかで、なぜ「浄土真宗に修行はない」のかを自分なりに解釈してみました。私は、修行とは人間の欲をなくすための方法だと思っていました。しかし、欲があるからこそ人間なのであり、欲をなくすことは人間でなくなることなのです。従って、浄土真宗では欲を無くすような修行はないのです。では、私が苦労している声明は修行でないのなら、何のために行っているのでしょうか。この疑問は時間をかけて学んでいこうと思います。教え・声明・作法のつながりが三程勉強すれば理解できると大熊塾長代行よりご指導いただきましたので、いつか信心獲得ができることを楽しみに、頂いた仏縁を大切にこれからも精進してまいりたいと思います。

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