NEW!お正月は存在しない?―「刹那」を感じ、新たな「今」を生きる
明けましておめでとうございます。 新しいカレンダーをめくり、私たちは清々しい気持ちで新年を迎えます。しかし、科学的な視点で見れば、宇宙空間に「お正月」という物理現象は存在しません。地球は時速約10万キロで太陽を周回していますが、12月31日と1月1日の間に宇宙的な境界線や物理的な断絶があるわけではありません。時間は川の水のように連続しており、そこに区切りを入れているのは、私たち人間の意識だけです。
では、私たちが感じるこの「一新された感覚」は単なる錯覚なのでしょうか?
ここで、仏教の「刹那(せつな)」という時間論を紐解いてみましょう。私たちが時間を連続した「流れ」と捉えるのに対し、仏教は時間を「刹那(極めて短い瞬間)」の連続と考えます。「刹那」とは、指を一度「パチン」と弾く、そのわずかな間に60回以上も過ぎ去るほどの時間の最小単位です。仏教は、世界の一切はこの一瞬ごとに生まれ、そして消滅していると説きます(「刹那滅」)。
映画のフィルムを想像してみてください。滑らかに動く映像も、実際には静止画(コマ)が高速で切り替わっているだけです。前のコマが消え、次のコマが現れる。私たちの脳がその断絶をつないで動いているように見せているのです。私たちの命もそれと同じです。連続しているように見えても、実は「一瞬前の私」が滅び、「今の私」が新しく生まれることの繰り返しなのです。
そう考えると、私たちが祝うべき「新年」は、一年に一度ではありません。一呼吸するたび、一度まばたきをするたび、私たちは古きを脱ぎ捨て、新しく生まれ変わっています。
「明けましておめでとう」という言葉は、単なる季節の挨拶ではありません。無数の死と再生を経て、今ここに新しい命として在ることをお祝いしているのです。一年に一度の区切りも大切ですが、それ以上に、二度と来ない「今」という一瞬の区切りを丁寧に生きる。過去を追わず、未来を憂えず、ただ新しく生まれ変わった「今の私」として、今日を始める。それが、仏教が教える、最も清々しい一年の始め方ではないでしょうか。

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