インド仏教の展開 ―部派・大乗仏教と比較宗教美術探訪の旅

東京国際仏教塾の講師でもある立正大学仏教学部佐野靖夫先生ご企画による「ブッダロード2019」。ともに旅した第20期川口 浩氏のレポートをご紹介します。

旅の目的と日程
目的は、仏教のインドでの大きな展開に、仏教美術の変容が有ります。世界最古の仏塔と言われる「サンチー」、シルクロードを通り日本まで続いた「アジャンタ・エローラ」の石窟寺院群、そして仏教を生み出し・消滅させる母体ともなったヒンドゥー教の「カジュラホ寺院群」などを見学し、仏教を学ぶ者にとって新しい視点とインドの奥深さ、また仏教の背景を知る事でした。
日程は、2019年2月4日に成田発、5日にムンバイ、6日エローラ、7日アジャンタ、8日サンチー、9日カジュラホ、10日デリー、11日成田着でした。

時代を追って紹介します。
①サンチー
ここの仏塔は前二世紀から後三世紀にかけて、シャータバーハナ朝によって建立されました。中でも第一ストゥーパは、前三世紀アショカ王によって建立され、前一世紀に現在の姿となり今に伝えます。四方に有るトラーナと言われる門の彫刻はジャータカを主題にしたものが多く、釈尊の姿を直接描いているものは有りません。ここが部派仏教の人々によって造られたことを物語っています。修理はされているようですが、この彫刻は本当に素晴らしいもので良く残ったと思います。また、ストゥーパ上部には、三法を表す傘蓋が有りこれが日本の三、五重塔の原型とされています。現在は、門の内側に仏像が安置されていますが、これは後にやって来た大乗仏教の人々によって置かれたものの様です。同じ仏教でも、上書きされていくものかと感じました。

②アジャンタ石窟
ここは前期(前二世紀から後二世紀)、後期(後五世紀から後七世紀)に分類されています。後期の僧院窟の壁画は素晴らしく、当時の色彩も見られます。釈尊の生涯やジャータカが主題となっています。寺院窟は木造建築を模範とした石窟構造で涅槃像や、壁画が施されています。(エローラの写真参照)こうした物が中国、朝鮮を伝わって日本にも届いたと思うと感慨深いものが有ります。後二世紀頃にはウイグルのキジル石窟、中国の莫高窟も開窟され出し、絵画や窟の形態も類似しています。また開窟された立地もウイグルのベゼクリク千仏洞などと驚くほど共通性があり、工人などの行き来も有ったと想像されます。

③エローラ石窟
インドの三宗教の石窟が揃っています。仏教窟は後三世紀~後七世紀建立、ヒンドゥー教窟は後六世紀から後十世紀にかけて、ジャイナ教窟はその後に建立されました。仏教寺院窟は半円形の天井に矩形の溝が彫られ、奥にはストゥーパ、仏像が安置されています。これはアジャンタに見られるのと共通の特徴を持っています。内部は音響に優れ、人間の声が素晴らしい響きとなります。三階建ての僧院窟のスケールは大きくここで多くの僧が修行したのかと想像できる施設でした。ヒンドゥー教寺院は想像以上で、一つの岩山をノミで後八世紀頃百五十年かけて掘り出した一つの彫刻品と言える芸術作品で当時の人の技術の高さや信仰心が伺える場所でした。見る者を圧倒します。

④カジュラホ
ヒンドゥー教寺院群(西群、南群)、ジャイナ教寺院群(東群)が現在確認されている遺跡。今回は西群と東群を見学しました。西群はチャンデラ王朝時代の後十世紀から後十二世紀にかけて建立された寺院群です。遠くから見るとブッダガヤの大菩提寺を思わせる造形、近づくと構造はより複雑な物と解ります。さらに近づくと、その壁面の彫刻は人目をはばかられるような表現もあります。人間のありのままの姿、欲望を彫り込んだ芸術品と考えると今に伝わっている事も頷けます。こうした寺院群を建立したヒンドゥー教徒の信仰の深さと共に宗教観も伺えます。一方で現在のインドでは、性的表現には厳しい制限があり寺院の彫刻とのギャップは大きいと思います。ジャイナ教寺院は最後に建立され寄進されたものです。

旅を終えて
今回の旅では、お釈迦様が入滅して200年後位からの仏教、ヒンドゥー教、ジャイナ教の遺跡を見ながら比較でき、興味深いものが有りました。それぞれは互いに否定するのでなく、隣に共存する形で建立していったように見えます。二百年、三百年と時間をかけていたので当然同時期にお互いに影響し合ったとも考えられ、絵画や、彫刻にも共通点が見られます。時を経て、より生活に根差したヒンドゥー教は、インドの人々に受け入れられ、仏教は次第に吸収されて行く事に成ったのかもしれません。仏教遺跡だけで見ると部派仏教と大乗仏教ではお釈迦様の表現の仕方に大きな違いがあります。昨年のブッダロードは感慨深いものが有りましたが、今回は、お釈迦様入滅後の仏教の発展(アジア各地に広がっていった点も含め)とインドでの衰退を実際の遺跡や美術品を通じて実感出来る旅でした。百聞は一見に如かず、ぜひ一度サンチー、アジャンタ・エローラそしてカジュラホを訪れてみてください。
資料作成、同行解説はを佐野先生にご協力いただきました。ありがとうございました。
※記事は『佛教文化』202号に写真付きで詳しく掲載しております。お目通しくださいませ。