僧侶への道 私の修行記

第25期 本田 修文

昨年12月13日に高野山真言宗、総本山金剛峯寺で「教師検定試験」を受検しました。合否の結果はともかく「やっと終わった、ここ迄長かった!」と言うのが正直な感想でした。
仏教塾入塾から10年、出家得度から丸8年の道程でした。得度から何度となく入山し様々な過程を経て真言宗の僧侶になる必須条件の四度加行(百日修行)の修道が可能になった平成28年の夏のことです。しかし青壮年時の放蕩無頼の生活の因果で持病に苦しみ、翌年へ延期しました。平成29年2月5日、100日分の生活用品を携行して極寒の高野山に入山し加行に臨みました。
しかし極度の緊張と疲労で持病が悪化して6日目に倒れ、病院の診察で修行の継続は無理と判断されました。これ迄いろいろ指導を受け、加行のレクチャーをしていただいた18期生の石井道峯師や同期の佐藤顕昭氏には、申し訳なく、自分の不甲斐なさに良い大人(爺!)が涙を流したのです。翌日に師僧の添田隆昭上綱様にご挨拶をした時に、「本田さん、春になってから一つ一つ分けてやりましょう」との言葉で、同年4月に最初の「十八道行法」を修しました。30年5月に「金剛界行法」、31年4月に「胎蔵界行法」を終えて、同年10月に最後の「護摩行法」の予定でした。しかし私に胃癌が見つかり手術のため、再度延期せざるを得ない状況になりました。
令和2年の春になった予定は、今度はコロナ禍で2度延期して、同年10月「護摩行法」は結願、茲に四度加行は成満しました。
そして昨年に「受検者講習会」、「伝法灌頂入壇」を経て、12月の受検に至ったわけです。
勿論「教師検定試験」は最終ゴールではありません。むしろ仏道修行の端緒についたと言って良いでしょう。しかし、満身創痍の身でここ迄辿り着けた事に自分なりの満足を覚えています。
仏教塾の皆さん! 目標は必ず達成出来ます。老齢で凡輩の私でさえ出来たのですから。
仏教塾の人脈の応援協力があります。私には前述の両氏や22期の西山寺住職田中慈祥師、石川勉さん始め25期の皆さん、28期の斉藤行舟さん、塾の会の作道会長など多くの方から指導激励をいただきました。それらを糧にして一歩一歩仏道を歩んで参ります。  合掌