許してやってほしい

同級生の死に立ち合いました。
病室に飛び込んだ時は、医師が汗だくで心臓マッサージを行っている瞬間でした。医師は、友人の家族、近親者が揃ったあたりを見計らい、心臓マッサージをやりながら「許してやってほしい」と、ひとこと。

同級生は、約5年前から入退院を繰り返し、一時は、このまま完治するのか?と期待してしまうほど、元気に職場に行き、家族とともに旅行にも出かけていました。しかし、結局は、その病から逃れることはできませんでした。

死は、思うがままにならないこと。許すも許さないもありません。

しかし、まだ小学生の子供2人を残すことは、当人も、その家族たちも、ともに苦しい。
医師の立場としては、生きている者の苦しさよりも先に、長く病と戦ってきた患者自身を苦しみから「開放してやってくれ」という意味で「許してやってほしい」との発言に至ったのではないでしょうか。

しばらくの沈黙ののち、家族から「充分です」。
騒然とした病室に一瞬、静寂が訪れました。同時に、その言葉の重みが、残り香のように漂っていたように思います。

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