第一回修行を終えて

第33期生 T.S.

「会社の仕事と違ってノルマなんて無いんだから、足元の狭い範囲を無心で草むしりすればいいんです」と外作務の最中に大熊信嗣学監がおっしゃった。そもそも無心で作業するなんて無理だと思った。
これまで、厳しい競争で勝つことだけを考え、ようやく射止めた社長のポスト。しかし、ここにはノルマも無ければ競争も無い。目標の処理範囲も無しに、只管手で草をむしる。しかも無心でせよと。全くおかしな世界だと思った。その上この修行中、身の回りの色々なことを自分でやらなければならなかった。生活そのものが自分の知っている日常とはまるで違っていた。会社では、自分が荷物を抱えていれば、誰かがすぐに代わってくれる。ドアの前に立てば、気づいた人が駆け寄ってきて笑顔でドアを開けてくれる。家に帰れば、妻が家事を全部してくれる。そして好きな時に好きなものを食べる。淹れてもらったコーヒーを傍らに、タバコを吸いながら、ゆったりと新聞や雑誌を読んでいればいい。今回のお寺での生活は、そんな当たり前の日常とは掛け離れていた。
考えてみれば今回の三日間、思うことといえば、「すごく辛い」とか「早く家に帰りたい」ということばかり。しかしそんな後ろ向きの気持ちでいる中、何故だか時折、ふと幼い時のことを思い出す瞬間があった。発達障害だった自分が、小学四年生になって初めてまともに授業に参加するようになった頃のこと。友達よりも二年遅れでやっと覚えた九九を得意になって復唱していた時のこと。そしてそこには、いつも傍らで身の回りのことを何でもやってくれた母がいたこと。遅れた勉強の補習をしながら励ましてくれた小学校の先生たちがいたこと。思い出すうちに、何だかとてつもなく有難い気持ちで一杯になった。色んなことを反省もした。
帰宅して、ご飯をいただく前には掌を合わせるようになった。妻や会社の人たちが何かしてくれた時には、すぐに「ありがとう」と言えるようになった。
「嗚呼、今も昔も沢山の人のお陰だった」。

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