大乗仏教の菩薩とは

1-大乗以前のブッダ観と菩薩
(一) ブッダ buddha とシャカムニ仏
 サンスクリット原語 buddha に相当する音写語、〈覚者〉(目覚めた人)と意訳される。なお、〈仏〉は、方言的に縮小化した原語の音写語。めざめ、さとった者という意で、もとインドの宗教一般において、すぐれた修行者や聖者に対する呼称であったが、仏教で多く用いられ、〈釈尊〉を尊んで呼ぶことばとなった。
 (〈浮屠〉〈浮図〉と音写(後漢書[楚王伝、桓帝紀])、+〈その道の人〉を意味する〈家〉、or 性質・気配を意味する接尾辞〈け〉)
(二) 過去〔七〕仏信仰
 ゴータマ・ブッダすなわち釈迦牟尼仏(Śākyamuni)と、かれ以前に現れたとされる六人の仏たちを併せていう。六人とは、順に〈毘婆尸仏〉(Vipaśyin)、〈尸棄仏〉(Śikhin)、〈毘舎浮仏〉(Viśvabhū)、〈拘留孫仏〉(Krakucchanda)、〈拘那含牟尼仏〉(Kanakamuni)、〈迦葉仏〉(Kāśyapa)のこと。教え(法、ダルマ)は普遍的なものであり、釈尊以前のはるか遠い昔から、これらの諸仏によって順次説き継がれて来たものであるという。彼等が出現した時期は、古代インドの劫の時間論によって大別される。六仏のうち初めの三仏は、過去の住劫(荘厳劫)の末に出世し、それ以下の四仏は、現在の住劫(賢劫)に出世したといわれる。この過去仏信仰は、インドの他の宗教にも類似したものを見ることができるが、仏教では、後に弥勒菩薩の出現を待つ未来仏信仰を生む素地ともなった。
(三) 菩薩とは
 サンスクリット語でボーディサットバbodhisattvaといい、漢訳では菩提薩埵と音写され、その省略語が菩薩である。bodhi(菩提、悟り)+sattva(薩埵、人)より「悟りを求めるもの」の意であり、元来は仏教の開祖釈尊の成道以前の修行の姿をさす。
 大乗以前の菩薩はシャーキャムニの前生を呼ぶが、世界観の展開により、複数の菩薩の存在を考えるようになり、ジャータカ(本生話)などにおいて、輪廻しながら修行を続け、やがてブッダとなる存在を呼ぶようになった。シャカムニ仏も多くの輪廻を繰り返して善業を積み、その功徳の結果ブッダとなるとしたのである。その代表が燃燈仏である。
(四) 本生経類の菩薩
 『ジャータカ』(jātaka 本生話)とは、釈尊が前世において菩薩(bodhisattva)であったとき、生きとし生けるものを救ったという善行を集めた物語で、釈尊は他者に対する慈悲行(菩薩行)を繰り返して行ったため、今世で特別に仏陀になりえたことを強調したもの。部派仏教時代に制作され、薩埵王子・尸毘王・雪山童子の捨身供養譚のようなものがある。本来は特別な形式と内容をそなえた古い文学のジャンルの名称で、漢訳経典の中にも本生経という名があげられ、今日の日本では〈本生話〉〈本生譚〉と訳される。
 パーリ語聖典にはジャータカ(本生譚)として五百四十七の物語が収められている。その形式は、現在世物語・過去世物語・結び、という三要素からなり、散文と韻文とから構成される。そもそもは紀元前三世紀頃、当時インドに伝わっていた口承伝承がもととなり、仏教的色彩が加わってできたものと考えられている。

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※全文は『佛教文化 200号』に掲載しています。
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